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第16話
その後二人は颯太郎のアパートで一夜を過ごした。陣は帰るのがめんどくさいから泊まらせてくれといい、床にそのまま寝ようとした。いくら部屋の中とはいえ一月の寒い時期に、布団も無しに寝るのは風邪をひく、と颯太郎は慌て、コートを着てるからと遠慮する陣に無理やり毛布を渡して寝る。
そして朝目覚めた時には何故か、颯太郎は陣の布団に潜り込んでいて、どうしてだ、と飛び起きた。
洗面所で顔を洗っていると、陣も欠伸をしながら起きてくる。
「あー……おはよー」
「…………はよ」
颯太郎は顔を見られずボソボソと挨拶をすると、陣はニヤニヤとオレンジ色を纏わせながら洗面所の出入口に凭れた。
「颯太郎ったら、大胆なんだからぁ」
「……っ、何もしてないだろっ?」
「んー? 今まで人にあまり触らせなかったクセに、自分から俺の布団に入って来るんだもんなぁ」
自分でも無意識だったので釈明のしようがないのだけれど、こうやって人に言われると恥ずかしいやら悔しいやらで、言葉が出なくなる。
颯太郎は黙っていると、陣はあの黄味がかった薄桃色を纏わせる。俺も顔を洗いたい、と言われたので洗面所を譲ると、颯太郎はリビング兼寝室に戻った。
(あの色は何て言うんだろう?)
颯太郎はスマホを手に取り、調べてみる。イメージに近い色をいくつか検索すると、しっくりくる色を見つけた。
【鴇色 とは、鴇の風切羽のような黄みがかった淡く優しい桃色のこと】
「鴇色……」
インターネット上では、紫がかったピンクをさすともあったけれど、鴇の画像を見たらもっとしっくりきた。
全体的に白い羽の鴇は、風切羽がその色をしていた。分かりやすく近い色を挙げるなら、サーモンピンクだろうか。落ち着いたその色は穏やかさ、愛情、誠実さを感じるので、陣が颯太郎を見ている時に纏うのは当然の事だった。そしてそれが嬉しいと颯太郎は感じたのだ。
「何見てるんだ? 色一覧?」
「うん。陣がよく見せる色は、なんて言う色なのかなって……」
陣は隣に座ると、身体を近付けて一緒にスマホを覗き込んだ。
「へぇー、俺こんな色してるの? 今も?」
「……今はこの色より、オレンジの方が強い」
「ふーん。……で? 何ていう色?」
「鴇色だって」
颯太郎がそう言うと、陣はああ、と言ってクスクスと笑いだした。どうしてだろうと思っていると、陣は急にピンク色を纏わせる。その状態で身体を更に近付けたので少し身体を引くと、彼は苦笑した。
「ああ、やっぱり分かるのか」
「当たり前だ。恋愛の桃色と、欲情のピンクはハッキリ違うからな」
そうなんだ、と陣は身体を離した。
「鴇色もピンクなら、自然とそっちにもっていけると思ったけどなぁ」
残念そうに言う陣。どうやらさっき笑ったのは、今言った事を考えたかららしい。
「……好きだとは言ったけど、付き合うとは言ってない……」
何だか悔しくてそう意地悪を言うと、陣はえー、と眉を下げて青色を纏う。しかしまたすぐにオレンジ色と鴇色を纏わせると、ニコニコして聞いてきた。
「じゃあ改めて。俺と付き合ってよ」
「う……」
どうしてか颯太郎は意地悪でそう言ったのに、逆に追い詰められた気分になる。そして耳が熱くなるのを感じて、身体ごとそっぽを向くと、分かった、とボソボソと呟いた。
「うっ、颯太郎……」
「なに」
「……可愛いって、言ってもいい?」
陣の言葉に颯太郎は思わず彼を睨むと、胸を押さえている陣がいる。その一瞬、強いピンクが彼を包んだがすぐに消え、鴇色に戻った。
「俺は男だぞ?」
「知ってる。でも、可愛いものは可愛いんだもん。お前といると、ここが温かくなって、キュッと締め付けられる。そしてそれが心地良いんだ」
颯太郎はまた身体ごと視線を逸らす。こんなに真っ直ぐ思っている事を口にする男は、初めてだ。だから、どう接していいか分からない。
「……朝ごはん食べるぞ」
話を逸らして誤魔化した颯太郎を、陣は咎めず素直に聞いた。しかしパンの耳が入った袋を出した途端、陣は食べに行こうと喚き出し、それが開けられることはなかった。
「……颯太郎って、本当に食にこだわり無いんだな」
数時間後、外に出たついでにデートしようと言われ、二人で公園を歩いていた。颯太郎としては寒いので早く帰りたかったけれど、デートという響きにつられて頷いてしまったのは内緒だ。
陣が今言ったのは、入ったファミレスで颯太郎が、一番安いお代わりできるパンばかり食べていたからだ。おかずも飲み物もなく、水でパンを流し込む颯太郎を見て、陣は呆れた顔をしていた。
「貧乏学生だからな」
「でも、バイトもしてるんだろ?」
「まだまだ駆け出しだから、給料もそんなに無い」
一ヶ月無断で休んだし、と颯太郎は呟くと、事情を説明すればいいじゃん、と陣は言う。けれど競争率が高く、自分以外でもできる人がいればすぐに取って代わる業界なので、それをしたところで用済みだと言われるのがオチだ。
颯太郎は陣に全てを話したからか、普段の会話も警戒することなくできるようになった。その変わりように陣は「颯太郎がデレた」と嬉しそうにおかしな事を言うので無視する。
「ってか、何のバイト? まさか接客じゃないよな?」
からかい色の黄色やオレンジ色を纏わせた陣は、不意に顔を覗き込んできた。綺麗な瞳とぶつかって、颯太郎は思わず視線を逸らす。
「……システムエンジニアの手伝い。プログラマーって言えばいいのかな……」
颯太郎は何故か妙に緊張してしまって、目が泳いだ。その様子に陣は微かに笑って、次に驚いたような顔をする。どうやら颯太郎の戸惑いを、スルーしてくれているようだ。
「それって理系じゃないと難しいんじゃないの?」
「プログラミング言語は英語だから、英語ができれば……」
「へぇ……颯太郎凄いんだな」
ふわりとまたあの鴇色が広がる。颯太郎は褒められ慣れていないので更に戸惑い、話題を逸らす事にした。
「……陣、今また鴇色が広がったけど、何を考えたんだ?」
「ん? 颯太郎可愛いなー好きだなーって」
ニッコリ笑って答える陣に、颯太郎は聞いた事を後悔する。じわじわと耳が熱くなり、赤くなったのがバレたのだろう、陣は、あっ、と嬉しそうに笑った。そして一層鴇色を濃くするのだ。
「ねぇ颯太郎、耳触りたい」
「だめだ」
颯太郎は足を早める。今日は特に冷え込んでるというのに、身体にまでじわりと汗をかいた。
やっぱりガード固いね、と笑う陣。今までまともに人と接してきた事が無かったので、それも当然だろう。それでも、照れているだけで嫌がってないと察してくれているらしい、陣はずっと鴇色かオレンジ色を纏わせている。
すると、遊歩道をくぐるようにして流れる小川を見つけた。寒いから水辺には寄りたくないけれど、何となくそこで立ち止まった。陣も無言で隣に立つ。
「……こういう自然を見ながら歩くデートは、いいな……」
遊歩道の周りは、木が植わっている。水が流れる音と、枯葉が風で飛ばされる音と、ヒヨドリがけたたましく鳴いて飛び去っていく音を聞くと、ハッと気付いた。
(俺いま凄く恥ずかしい事を言った……!)
自分の口からデートとか、と悶えていると静かに名前を呼ばれる。陣を見ると、彼は鴇色を纏わせながら微笑んでいる。
「じゃあ、これからお散歩デート、いっぱいしような」
陣のその綺麗な微笑みに見蕩れていると、その顔がそっと近付いた。やっぱり綺麗な瞳をしているな、とその目から視線を外せずにいると、そっと両腕を掴まれる。
陣の長いまつ毛の影が、更に近付いた。
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