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第19話

次の日、いつものようにフードコートに来た颯太郎は、先に来ていた陣を見つけて声を掛けようとした。 しかしそのそばには、あの感情が見えない女子学生がいて、少しムッとしながら別の席に行こうとしたら、見つかったらしく陣から声を掛けられる。 「颯太郎ー! こっちー!」 颯太郎は内心舌打ちした。敢えて嫌そうな顔をして陣のそばに行くと、座れよ、と言ってくる。 「森山先輩、この方は?」 女子学生が聞いた。 「ああ、昨日もいたけど気付かなかった? 颯太郎って言うんだ。俺と同学年で学内一のツンデレ」 その紹介の仕方はどうかと思ったが、颯太郎は黙って持ってきたうどんを食べ始める。 「颯太郎先輩……」 名前を復唱した彼女は不思議そうに颯太郎を見つめた。その視線が嫌だったので、不躾だぞ、と彼女を睨むと、すみませんっ、と頭を下げる。 「おいー、もうちょっと仲良くしようとか……」 「良いんです陣先輩。私、洞田(ほらた)あけみって言います」 よろしくお願いします、と再び頭を下げたあけみの隣で、陣の纏う色が暖かくなった。それにムカついて無視を決め込むと、陣が呆れた声を上げる。 「どっちが不躾だよ……ごめんな、あけみちゃん。こいつコミュ力無いからさぁ」 颯太郎は更にイラッとした。陣が女性の名前を口にする事は今までにも当然あったけれど、会って間もない人を名前で呼ぶことはなかったからだ。 目の前で楽しそうにあけみと話す陣を、颯太郎はうどんをすすりながらそれとなく観察する。今の彼の感情は、オレンジ色だ。 「でも、どうしてお二人は仲良くなったんですか?」 「ん? 俺がスリに遭いそうになったところを、颯太郎に助けられたんだ」 「えっ、……ああ、そういう事だったんですね」 意外だ、と言わんばかりにあけみは颯太郎をまた見つめる。しかしすぐに視線を外すと、颯太郎先輩は優しい方なんですね、と笑った。しかし颯太郎の目にはあけみの感情が一切見えず、違和感ばかりが増えていく。 そういう時は離れるのが一番、と素早く残りのうどんをすすって汁まで飲み干すと、じゃあ、と立ち上がった。 「あ、待てよ颯太郎、俺ももうすぐ食べ終わるから」 「いい。ゆっくり食べてろ」 呼び止めようとした陣に、颯太郎はそう言ってフードコートを出ると、いつもの三号館の三階へ向かう。そして次の講義まで寝るのだ。 「颯太郎、待てって言ったのに……」 しばらくして陣が一人でやって来た。そこには不満の色があり、颯太郎は無視を決め込む。 陣は隣の席に座ると、咎めるような声で言った。 「もうちょっと友好的になれない? いくらなんでもあけみちゃんみたいにいい子に、あの態度はないだろ」 「……昨日の今日で、いい子だって分かるのな」 少なくともあけみの態度は今のところ、いい子そのものだ。けれど感情の色が見えない颯太郎は、どうしても疑ってしまう。 「いい子だろう? 少なくとも、颯太郎よりは相手の事を考えて発言してくれてると思うね」 そして頑なな颯太郎の態度に、陣はイライラした感じであけみを庇う態度をとった。颯太郎はカッとなって、グッと息を詰める。 陣は……陣だけには理解して欲しいと思うのにままならず、悔しくなる。そんな時に颯太郎が取る行動はひとつだ。 颯太郎は席を立つ。 「おい颯太郎、お前が怒るのは筋違いじゃないか?」 敵意がない子を傷付けたんだぞ、と言われ、颯太郎は陣を見た。怒りと不快が混ざった色は今までにも見ていたはずなのに、陣が颯太郎に対してその色を纏っていることに、颯太郎はどうしようもなく悲しくなる。 陣は颯太郎の表情を見てハッとした。けれど彼が何かを言う前に、颯太郎は歩き出す。 やっぱり、分かってもらおうなんて無理な話だったんだ、と颯太郎は熱くなりそうな目頭を押さえた。 二階に降りるとタイミング悪くあけみと鉢合わせした。彼女は驚いた顔をしたけれど、やはり色は見えない。 「陣先輩、どこにいるか分かりますか?」 「三階」 それだけ言うと颯太郎は去ろうとする。けれど彼女は呼び止めた。 「颯太郎先輩は私と同類ですよね? なら、陣先輩は私がもらいますね」 陣と話していた声とは全く違う声で、あけみは言う。いきなりどういう意味だ、と彼女を見ると、あけみは意味深長な笑顔をしていた。 「私、心の声が聞こえるんですけど、何故かあなたの声だけ聞こえないんです」 え、と颯太郎は驚く。颯太郎は彼女の色が見えないと思っていたけれど、そういう事もあるのか、と納得いく。彼女もまた、颯太郎の感情が分からないのだ。 「聞こえないから、奪っても良いと判断しました。陣先輩はそもそも女の子が好きですし」 「な……っ」 まるで颯太郎と陣の関係を知っているかのように、あけみは言う。さすがに陣も、初対面で恋愛話をするような感じではないので、本当に彼女には心の声が聞こえるのだろう。 「先輩も、心の声が聞こえるんじゃないですか? じゃあ、お互い手の内は分からないから、真っ向勝負できますよね」 あけみは顎を上げて颯太郎を見る。どうしてか、颯太郎の方が背が高いのに、あけみの存在が大きく見えた。そして、既に勝利を確信したかのような彼女の態度に、颯太郎はため息をつく。 「本当に、昨日今日でいい子だって分からないものだな……」 「なに? 負け惜しみ? どうせあなたは、陣先輩に好きになってもらう資格なんて無いんだから」 そんなことを言うあけみに、颯太郎は好きにしろ、とその場を立ち去った。爪が食い込むほどギュッと拳を握りしめ、イライラして早足になる。 好き勝手言って、と颯太郎は眉間に皺を寄せた。 陣が元々女性が好きなのは知っている。けれど颯太郎を見る目と、表情と、感情は全部颯太郎が好きだと言っていて、そこに嘘はなかったはずだ。 「……」 もういい、めんどくさい。颯太郎は考えることを止める。陣があけみと付き合うなら、颯太郎は元の生活に戻るだけだ。それなら別に痛くも痒くもない。 颯太郎は満開の桜並木を、鬱々とした気分で歩いて行った。

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