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第21話

颯太郎と陣は仲直りしたものの、颯太郎は窮地のままだった。悪い噂は広まるのも早く、あっという間に学部内に知れ渡ることになり、颯太郎は内心舌打ちをする。 (何が真っ向勝負だ) 後ろ指を指されながら、颯太郎はキャンパス内を歩く。桜が散り始めてヒラヒラと舞う花びらが綺麗な景色を作っているけれど、そんなものを見る余裕はなかった。 さすがに表立って蔑んだり、からかったりする学生はいないけれど、颯太郎を見た学生がネガティブな色を纏えば、嫌でも何が言いたいのか分かってしまう。 すると、遠くで陣とあけみの姿を見つけた。しかし陣の纏う色は不安と心配の色で、誰かを探しているように辺りを見回している。 ふと、陣がこちらを見た。颯太郎はさり気なさを装い、進行方向を変える。あけみと一緒なら尚更、陣には会いたくない。 「颯太郎!」 陣は大声で呼んでくる。しかし颯太郎は聞こえないふりをして歩き続けた。その声がどんどん近くなり、肩を叩かれるまで無視をする。 「聞こえてるんだろっ? 返事くらいしろよ」 颯太郎は振り返ると、陣は先程の色に加えて、怒りの赤を纏っていた。少し息を切らして、颯太郎を咎めるような口調で言う。 「お前、何で黙ってた?」 「……何を?」 颯太郎は感情を奥に引っ込めて話した。その様子を見た陣は傷付いた顔をする。 「何を、じゃない。お前、アウティングされたんだろ?」 そう言われて、颯太郎はちらりとあけみを見た。彼女は陣の見えないところで、関心が無いようによそ見をしている。 「……ここで話す内容じゃない」 「そうだけど! 何で怒らない? 何で俺に相談してくれなかった?」 そう言う陣の感情は、次第に悲しみの青が混ざっていった。彼は心の内を見せることで繋がりを感じるタイプなので、こうなる事は予想していた。けれど、言ってもどうにかなる訳ではないし、事実だ。 「……彼女の前でこの話はしたくない」 颯太郎はそっぽを向くと、陣はあけみをチラリと見て、颯太郎に視線を戻す。 「大丈夫、あけみちゃんは俺らの味方だ」 「はい。先輩、今後もみんなが傷付かない方法を一緒に考えましょう?」 あけみはいかにも心配している様子で、こちらを見てきた。犯人を探そう、ではなく今後の事を口にする辺り、やはりあけみがアウティングの犯人なのだと確信する。こいつぬけぬけと、と颯太郎は睨むと、あけみは怖い、と陣の後ろに隠れた。 「おい颯太郎、彼女は味方だって言ってるだろ?」 どうしてそんな態度を取るんだ、と陣は赤を纏わせた。颯太郎はカッと顔が熱くなるのを自覚し、しかしすぐにその感情を奥へ追いやると、一つため息をつく。陣は気付いていない、あけみの本当の顔を。けれど言っても無駄だという思いが出てきて、颯太郎は冷たい笑みを浮かべた。 「……嫌いだから」 ハッとした陣はすぐに怒りをあらわにする。颯太郎、いい加減にしろよ、と怒気のこもった声で言われると、グッと胸が締め付けられた。 これ以上彼女といたくなかったので、颯太郎はすぐに歩き出す。不思議とそれ以降は何も感情が湧いてこなくて、このままこんな風にケンカばかりしていたら、陣とは自然消滅かな、とさえ思った。 颯太郎は自嘲する。 どうせ上手くいきっこない恋愛なんだ、遅かれ早かれこうなる事は分かっていたじゃないか、と。 三号館の研究室前に来ると、掲示板にまた新たな紙が貼ってあった。 【男なら誰でもOKです。茅場颯太郎の連絡先はこちら】 その紙を颯太郎は無表情で破り取る。それを丸めてカバンに押し込むと、研究室に入った。感情を奥底に追いやってしまうと、外野の心無い言葉や冷たい視線は気にならず、颯太郎はそのまま一日を過ごした。 それからというものの、掲示板に貼られる紙はだんだん卑猥さを増していく。毎日セックスしないと気が済まないとか、一物(いちもつ)が大きな人がいいとか、よくこんなにも思いつくな、と思う程だ。 今日はどんな事が書いてあるのだろう。颯太郎は無表情のまま掲示板の前に来た。そして書いてあった文章に目をみはる。 【茅場颯太郎は義理の兄と肉体関係があった】 「……っ」 颯太郎はやはりすぐその紙を破り取った。目眩がしてグッと足に力を込めると、颯太郎の中でプツンと、何かが切れる。 この話を知っているのは、陣しかいない。 颯太郎は陣を探した。あけみと一緒に三号館の三階にいて、あけみが楽しそうに喋っていた。相変わらずあけみの色は分からないけれど、その表情から陣に憧れているのは明白だ。そして陣は、と見た瞬間、颯太郎は愕然とする。 彼の纏ったオレンジ色の中に、ほのかに鴇色があったのだ。 颯太郎は先程破り取った紙を握りしめ、つかつかと二人に歩み寄った。そしてその紙をバン、と机に叩きつけると、陣は驚いたように颯太郎を見る。 「これ、誰から漏れたかよく考えろ。あと、お前との関係もこれで終わりにする。じゃあな」 颯太郎は踵を返すと、またつかつかとその場を去った。後ろから追いかけてくる気配がするけれど、無視した。 「颯太郎! 何だよこれ、どういう事だ!?」 陣に腕を掴まれる。無表情で陣を見ると、彼はパッと悲しみの青を纏わせた。彼の表情も、苦しそうだ。 「……お前から漏れた以外、考えられないだろ」 「颯太郎先輩」 するとあけみが横から割って入ってきた。彼女は眉を下げて、いかにもこちらを心配しているように見える。 「……いくら陣先輩の気を引きたいからって、こんな自作自演はやりすぎですよ……」 「は?」 陣がバッとあけみを見た。颯太郎は彼女を無表情で見つめると、何か? と苦笑する。どうやらアウティングに見せかけた、颯太郎の自作自演と言うことにしたいらしい。 颯太郎は、こんな事をするあけみに呆れたし、騙されている陣や、周りの人間に嫌気がさした。 「そうなのか? 颯太郎……?」 「……二人きりで話をしてくれるなら話す。俺はもう、彼女とは一切関わりたくない」 そう言うと、やはり陣は怒りの赤を纏わせる。 「颯太郎っ、またお前……っ」 「じゃあ、もういい」 颯太郎は帰る、と言ってその場を去った。もう、どうでもいい。あけみの方が人の心を捕らえるのが上手かった。ただそれだけだ。陣があけみの味方をするなら、颯太郎にはもう、誰も心を許す人はいない。 大丈夫だ、元の生活に戻っただけ。そう心の中で呟いて、しっかりとした足取りで帰路に着く。

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