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第23話
颯太郎が陣を連れてあけみを追った先で、彼女は黒い感情を纏った人に壁に押し付けられ、首を締められていた。体格からして彼女より大きくて、骨格もしっかりしていたので男性だろう。彼女の足が浮くほどの力に、颯太郎は恐怖を感じ一瞬足が竦む。けれどその一瞬で、陣は間合いを詰めていた。
「おい! 何してんだ!?」
陣の声に男はハッとして、手を放す。すると一気に男は戦意喪失し、黒色をパッと霧散させた。そして見えたのは、悲しみと、怒りと、嫉妬の色だ。
颯太郎はハッとしてあけみを見る。彼女は座り込んで首を押さえてむせていて、陣が背中をさすっていた。
「お前……俺があげたバッグも時計も、すぐに質屋に売ってたって聞いたぞ!」
男が叫んだ。あけみはビクッと肩を震わせ、しかし次にはその男を睨む。
「……何よ、私のおかげで楽しい時間を過ごせたじゃない。お金しか取り柄のない奴を、本当に好きになるとでも思った?」
「……っ」
「勉強代だと思って、今すぐ私の前から消える事ね」
「……このアマ……っ、俺が殺さなくても、他の誰かが殺すだろうよ! じゃあな!」
男はもうあけみと話もしたくないのか、足早に去っていく。
しんとした空気が流れて、さあっと風が吹いた。
「あけみちゃん、今の人は……?」
「元、私の財布だったひと」
あけみは開き直ったのか、砂を払って立ち上がる。陣が何とも言えない表情をしていて、あけみはその様子を笑った。
「何? 本当に私の事をいい子だと思ってたのにって顔ね」
陣は眉根を寄せて立ち上がる。彼の複雑な心境は、色にも顕 れていた。颯太郎が口を開く。
「陣、彼女は心の声が聞こえるんだ」
それを聞いた陣は、悲しみの青を纏い、表情も悲しそうな顔をした。
「だからって、あんな事をしなくても……」
陣が呟いた言葉に、あけみは陣を睨む。
「あんな事? そういう事でもしなきゃ、こんなブサイクな私じゃ、誰も好きになってくれないじゃないっ」
颯太郎はあけみの言葉を静かに聞いていた。陣も苦しそうな顔をしてあけみを見ている。
「だったらこの能力、自分の良いように使って何が悪いの!? 陣先輩だって、楽しかったでしょ!?」
あけみの目から涙が溢れ出てきた。しかし彼女は拭うこともせず、陣に言葉をぶつける。
「なのに、陣先輩が考えていることは、いつもこの人の事ばっかり! だから掲示板にホモだって貼ったのよ!」
やっぱり、と颯太郎は思った。しかし気になるのはその前の言葉だ。思わぬ所で颯太郎のことが出てきて戸惑う。陣はあけみを嫌う颯太郎のことを、怒っていたのではなかったか。
「だから話を合わせるしかなかった……でも、しつこく付きまとったら、こっち向いてくれるかもしれないって……っ」
今度こそあけみは声を上げて泣いた。陣先輩は真っ直ぐで、一生懸命で、ライブやってる姿もかっこいいと思っていたのに、と袖で涙を拭っている。
「……じゃあ、何でそれを陣に言わなかったんだよ?」
「陣先輩から言い寄ったって風にしないと、私またどこかで恨まれるからに決まってるでしょ!?」
なんとまぁ、自分勝手な理由だ、と颯太郎は呆れる。
「……あけみちゃん」
陣は優しい声であけみを呼んだ。その時点で何を言われるのか分かったらしく、あけみはうんうん、と頷く。陣の纏う色は、白だった。
「恨まれる事、してるからでしょ? 俺だって、きちんと告白して欲しかったよ」
陣の言うことには素直なあけみ。颯太郎は彼に任せる事にした。
「じゃあさ、その力は人の為に使ったら? 例えば……縁結びとか」
「……え?」
陣は優しく微笑む。颯太郎はその笑顔に見蕩れた。
「心の声が聞こえるんでしょ? なら、相性が合う人を引き合せるの。あけみちゃんは話題も豊富だし、人の欲しがっている言葉をくれる。そんな姿を見たら、自然とあけみちゃんを慕う人が来るよ」
それを聞いたあけみは少し考えて、苦笑した。どうやら陣の心の声を聞いたらしい。彼の色を見てみると、オレンジ色になっていた。
「俺の想像だけどね。みんなに感謝される存在の方が、人生楽しいと思うよ?」
「……そうですね、考えてみます。やっぱり、陣先輩には敵わないなぁ……」
あけみの返事に陣はまた微笑むと、でも、と表情を固くした。彼の色が一気に赤くなる。
「颯太郎に酷い事をした。だから俺の前に、二度と出てこないでくれ」
「……分かりました」
あけみはそう言うと、颯太郎にすみませんでした、と深々と頭を下げ、去っていった。あれだけのことをしておいて、それだけで済ますのか、とも思ったけれど、もう関わりたくないので黙っておく。
「颯太郎」
陣に呼ばれて彼を見ると、その表情と色にドキッとする。彼は見るからに怒っていて、思わずたじろぐ。
「何で一番肝心な事を言わない? 俺たち無駄なケンカしちゃったじゃん」
「……ごめん」
陣ははぁ、とため息をついて怒りをおさめると、まあいいや、と颯太郎のそばに来た。
「颯太郎はやっぱり、優しいな」
陣にそう言って頭を撫でられ、子供じゃない、と颯太郎はその手を振り払う。
「優しくない。自分が後悔したくないからそうしただけだ」
そう言ってそっぽを向くと、颯太郎は聞きたかったことを聞いてみた。
「俺の事ばっかりだったって、本当かよ?」
ボソボソと言うと、じわじわと耳が熱くなっていく。じゃあ、あけみと話していた時の鴇色は、颯太郎の事を考えていたという事になる。
「ん? ああ……思えば颯太郎の話ばっかしてたかも」
陣に手を取られ握られて、颯太郎は思わず手を引いた。けれど手は離れず、どうしようもなく逃げたくなってくる。
そこでふと、CDの事を思い出した。陣に渡すものがあったんだ、と言うと、彼は大人しく手を離してくれる。
颯太郎はカバンからCDを出すと、返す、と陣に渡した。受け取った彼は本当に聞いたのか? と疑いの顔だ。
「ちゃんと聞いた。……いい曲だな」
涙が止まらなくなった、と視線を外して言うと、陣はふわっと鴇色を纏わせる。だろ? と陣は笑うとそのCDを自分のトートバッグに入れた。
「……本当に、最期にするつもりだったんだ」
颯太郎は呟く。陣は颯太郎を呼んだ。見ると彼はそっと首を横に振る。
「もっと落ち着ける場所で話そう? 颯太郎の家に行っていい?」
颯太郎は頷いた。
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