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第24話

颯太郎は陣を家に招き入れると、ローテーブルにコンビニで買ってきた飲み物と食べ物を置く。何だか久しぶりに来るなぁ、と笑った陣は、ずっと鴇色を輝かせていた。 「颯太郎」 陣に呼ばれて振り返ると、彼は両手を広げておいで、と言ってきた。いつかと同じようなシチュエーションに、颯太郎は顔が熱くなり、その場に座る。 「あ、つれないなぁ颯太郎は。仲直りのハグしようよ」 「嫌だ」 そう言いながら、陣は颯太郎の隣に腰を下ろした。肩が触れそうな距離に来られて、緊張してつい足を抱えて座る。 「学校で言ってた、『さいご』にするつもりだったってのは、どういう意味?」 颯太郎は顔を伏せた。 「もう、陣は俺に愛想がつきたと思った。だったら、陣と別れてそのまま消えようと思ったんだ」 陣のそばにいられないなら意味が無い、陣に愛されないならこの世にいなくてもいい、そう思ったと颯太郎は言うと、馬鹿だなぁ、と陣は颯太郎の頭を撫でる。 「馬鹿じゃない。……本気で……俺は……」 颯太郎は涙が出てきてしまって言葉に詰まる。けれど、これはきちんと伝えなければ、と息を吐き出した。 「……陣に愛されたいと思ったんだ。でも、陣に相応しい人になるには、俺はあまりにもダメ人間で……」 「颯太郎……ごめんな? 目の前の事しか見えてなくて、颯太郎が素直に助けてって言えないの、分かってるつもりだったのに……」 信じてあげられなくて、本当にごめん、と陣は謝ってくれた。彼の色は悲しみの青、怒りの赤。きっと、自分に対して怒っているのだろう。 けれど陣の声は優しい。頭を撫でる手はずっと止まらず、だからか颯太郎の涙も止まらなかった。 「……ずっと、無条件で愛してくれる人が欲しかった。けど、……同性愛者だと気付いてさらに険しい道に入ってしまったって思って……っ」 陣は違うだろ? と聞くと、彼は静かに、そうだね、とだけ答える。 「初めて正臣兄さんに会った時、綺麗な人だと惹かれた自分を認めたくなかった……、陣の容姿や言動にドギマギしてしまうのも、最初は違うと思ってた……」 「……最初は? 最初から気にはなってたんだ?」 陣の何故か嬉しそうな問いに、颯太郎は顔を伏せたまま頷いた。 颯太郎は電車に乗って、陣の黄色を見たあの時から、陣の心は綺麗だと思ったし、顔を見てもっと綺麗だと思ったのだ。 颯太郎はそれを伝えると、耳まで熱くなる。できればこのまま地面に埋もれたい程恥ずかしい。 「あー……ありがとうな? 」 陣はそんな颯太郎を気遣ってか、からかわないでいてくれた。 「俺ね、女運悪くて……しばらく恋愛はいいやーって思ってたの」 陣の意外な発言に、颯太郎は思わず顔を上げる。すると苦笑している陣がいた。 彼の容姿は女性的な美しさがあるけれど、黙って真顔でいると冷たい印象がある。しかし彼の性格上ずっとその目は笑って細められているから、だいぶ印象が和らいでいるのだ。 「そしたら颯太郎に出会って……きっかけは親父の時計だったけど、途中からそれはどうでも良いくらい、颯太郎にハマってた」 陣が言うには、寂しそうな顔をする子だな、と思って気になったらしい。何が、誰が、そうさせているんだろう、と目が離せなかったそうだ。 そして、自分のせいで父親を亡くしたと思っていた、あの頃の自分にそっくりだった、と。 颯太郎は意外と顔に出ていた事に、また恥ずかしくなって前を向いた。 「笑ったら可愛いのになーって思って、からかってたんだけどね」 それがいつの間にか、笑ってほしいという願望に変わった、と陣は言う。 「……お前は割とすぐに桃色が出てた。俺は母親にそっくりなこの顔が嫌いだ」 「……そっか」 陣はそう呟くと、しんとした空気が流れる。何故か彼は鴇色と緊張の赤を纏わせていて、何だかこちらまで緊張してしまった。 「……何で緊張してる?」 「あ、いや……」 珍しく言い淀む陣を見ると、彼は気まずそうに視線を逸らした。 「なあ、俺らって付き合って三ヶ月は経つよな?」 「……俺が別れるって言ったのはカウントしないのか?」 そんなの、俺が同意してないから無しだ、と陣は口を尖らせる。子供っぽい仕草に思わず笑うと、陣の色が微かに揺れて、一瞬ピンク色になる。それで陣の言わんとしている事に気付いて、颯太郎はまた顔を伏せた。 「う、……颯太郎、今俺の感情見ただろ」 「不可抗力だし……」 顔が熱くなってきた。心臓が忙しく動き始める。 「ってか、陣は女の子が好きなんだろ?」 俺相手にそういう気分になるのか? と改めて緊張で震えた声で聞くと、うん、と帰ってきた。ストレートな返事に颯太郎はどうしたら良いのか分からず黙っていると、陣はボソボソと呟く。 「もしかしてプラトニックな関係で良いのかな、って思ってたけど、酔って颯太郎の家に行った時に、やっぱり触りたいって思った」 その前にもキスをしようとしたり、耳を触ろうとしたりしていたけれど、からかいの意味が強かったようだ。そこでハッキリ自覚したけれど、正臣と関係があったことから少しずつ距離を詰めよう、颯太郎が嫌がるならすぐに止めようと決めたらしい。 「俺が嫌がるならって……陣こそ、やっぱり無理ってなる可能性もあるだろ……」 何せ彼は元々ノンケなのだ、男は初めてなら尚更。 すると陣は、歯切れの悪い感じで返事をする。 「あー……それは……多分大丈夫かな……」 颯太郎は彼を見ると、サッと陣は視線を逸らした。その頬は少し赤い。何で言いきれる、と言うと、陣は緊張の赤を強くした。 「……何回か、その…………颯太郎で……」 「……っ! お前っ!」 颯太郎は言葉の意味を理解し、全身から変な汗が吹き出た。陣は颯太郎を想像して、一人で慰めていたらしい。しかも何回かだと? と颯太郎は顔から火を噴きそうだった。 陣は慌てて両手を振る。 「いやっ、最初は女の子だったんだっ、そしたらいつの間にか颯太郎になってて……っ」 「……っ」 あまりにも赤裸々に話す陣についていけず、颯太郎は耳を塞いだ。 「本当にっ、ゆっくりでいいから……俺、颯太郎とそういう事もしたい……」 耳を塞いだくぐもった音でそんな陣の声が聞こえて、颯太郎はそっと耳から手を離した。彼を見ると緊張の赤が強くて、そして彼の顔も赤くなっている。 「……………………じゃあ、手……」 颯太郎は手のひらを上にして手を出すと、陣は笑ってその手の上に彼の手を重ねた。颯太郎は彼の顔を見れず、そのまま指を絡めて握ると、腕の力を抜いて床に手を下ろした。 陣がいる右側の腕が、痺れたように熱い。 しんとした空気が張り詰めて、僅かな空気の振動さえも、読み取ってしまいそうな程緊張している。 陣がクスクスと笑った。 「颯太郎……手だけ?」 「手だけ」 そっか、と陣はまた笑う。隣から鴇色がふわりと広がってその暖かい色に颯太郎はホッとした。

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