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第29話

次の日、颯太郎は目が覚めると陣はもう起きていて、バイトに行く準備をしていた。 「あ、おはよう」 「……はよ」 颯太郎は顔を見られず起き上がると、陣はニコニコしながらズボンを穿いている。上半身は裸だったので顔ごと視線を逸らすと、自分も裸だった事に気付いて布団を頭からかぶって横になった。 「そーたろー」 すると突然、陣が布団の上から覆いかぶさってくる。颯太郎の後ろから、布団ごと抱きつくようにされ、顔が熱くなった。離れろ、と言うけれど、それで聞く陣ではない。 「……俺の色、何色でしょう?」 「見てない知らない」 颯太郎はギュッと目を閉じた。じゃあ見て、と陣は少し布団をめくる。顔だけ出した状態でそろそろと後ろを振り返ると、チュッと唇にキスをされた。鴇色を纏った陣は満足そうに笑うと、首筋にもキスをされ、行ってきますのチューだね、と笑う。 「陣……」 「今日もバイト終わったら来るからさ。酒持って」 咎めようと睨んだ颯太郎に、陣は楽しそうに起き上がってシャツを着た。またするつもりだ、と思ったらいたたまれなくなって、再び布団を頭までかぶる。 「……いらない」 「え?」 颯太郎は布団の中で膝を抱えた。 「……酒は、いらない。……待ってる、から」 気を付けて行ってこい、と言うと、陣は颯太郎がデレた、と呟く。しかし時間が迫っていたらしく、陣はそのまま、行ってきます! とアパートを出て行った。 しんとなった部屋で一人、のそりと起き上がると玄関の鍵を閉めて、陣に鍵を渡しておこうかな、とか考える。そしてその考えに一人で照れながらリビング兼寝室に戻るのだ。 着替えてカーテンを開けると天気が良かったので、布団を干すことにする。 『颯太郎、どの色にするの?』 沙奈恵と引っ越した後、二人で布団を買いに行ったことをふと思い出した。嫌な顔をしながらも、布団を買い与えてくれる事が嬉しくて、つい迷うフリをして母との時間を引き伸ばしていたな、と苦笑した。 もっとこっちを見て笑って欲しい。 それをずっと期待していたんだな、と颯太郎は部屋に戻る。 颯太郎の母は絶対的な安心感を与えてくれる人ではなかった。けれど、彼女も一人の人間だし、自分は自分だ。親だからと、子供は必ず親を愛さなきゃいけない訳じゃない。そう割り切らなければいけないことに、颯太郎は寂しさを感じていたのだ。 そう言えば、陣の母親はどんな人なんだろう? 帰って来たら、聞いてみてもいいかもしれない。 颯太郎はパソコンを開くと、メールのチェックをする。バイトの指示は全てメールで来るので、颯太郎には合っている仕事だと思った。少しずつ就職活動も始めないとだし、本腰を入れてやってみるか、と颯太郎は思う。 何だか、陣がいると思うだけで何でもやる気になれるのはどうしてだろう? 自分も思ったより単純なのかな、と思うと笑えてきた。 それから颯太郎は家事をしつつ、陣の帰りを待つ。 夜、陣は弁当屋でほかほかの弁当を買って帰って来てくれた。陣と食べる温かい食事が、こんなに楽しいなんて思いもしなかった颯太郎は、ついつい口が緩くなる。 「なあ陣」 「ん?」 唐揚げ弁当とのり弁を食べていた陣は、ご飯をかき込みながら返事をした。 「こんなにしょっちゅうウチに来るなら、鍵を持ってたらどうだ?」 「えっ?」 陣が固まったまま動かない。どうしてだろう、と彼を見ると、彼は珍しいものでも見るかのような目をしていた。少し考えた後、自分が本当に珍しい事を口にしたと気付く。 「あっ、いやっ、その……っ、……いちいち鍵を開けたり閉めたり……面倒だからっ!」 「それって、これからもここに来ても良いって事?」 陣は弁当を机に置いて、四つん這いでジリジリと颯太郎に近寄る。その分颯太郎は後ずさった。 「や、無理して来なくても良いんだっ、じ、陣が嫌じゃなければ……」 後半はボソボソと呟くように言うと、陣は鴇色とピンク色を大きくさせる。う、と颯太郎は息を詰まらせると、案の定陣はハグしたい、と言ってきた。 「そ、その前に飯……っ」 「颯太郎を先に食べたい」 「何バカな事を言ってるんだっ」 逃げる颯太郎を見て陣は、やっぱり酒も買ってくれば良かった、と呟く。颯太郎は陣を睨んで、食べ終わった自分の弁当の容器をキッチンに持っていった。すると陣も付いてくる。 軽く容器を洗ってからと思っていたけれど、その前に陣に後ろから抱きつかれ、ホクロがあると言われた箇所に舌を這わされた。その熱く濡れた感触に誤魔化しようもなく身体をビクつかせると、するりと彼の手がシャツの中に入ってくる。 「ちょっ、と……っ」 性急な彼の行為は既に颯太郎の両胸の突起を探り当てていて、うなじにキスをされながらそこを弾かれると、下半身に熱が集まるのが分かった。 「……んー、ホント敏感……」 陣は颯太郎の胸を弄りながら、片手を下半身へ持っていく。ジーパンの上からでも明らかな形を成したそこを掴まれて、颯太郎は足の力が抜けるかと思うほどビクビクしてしまった。 「……シラフの方が反応良いんじゃない?」 陣に熱い吐息を耳に吹き込まれながら、颯太郎は首を横に振る。ジーパンのボタンを外され下着の中に手を入れられると、颯太郎の目に涙が浮かんだ。 陣は、何故昨日の今日で、男同士でこんな事をするのを受け入れられるのだろう、と思い、追いつけない自分が恥ずかしくなる。 「陣……陣……」 涙声で訴えると、陣はなーに? と耳たぶにキスをした。颯太郎の分身を掴んだ手はゆるゆると動いていて、勝手に腰が震えてしまう。 「こ、ここじゃ嫌だ……」 「じゃあ、どこなら良い?」 陣は颯太郎の先端を指で擦ってきた。勝手に逃げようとする腰を陣は後ろから自身の腰を押し付け、またそこも熱くなっているので、颯太郎は訳が分からなくなる。 「ああっ……」 思わず陣の手を掴んで離そうとすると、意外にもすぐに手を止めてくれた。しかし抱き締める腕は強く、颯太郎はそれにさえ感じてしまう。 「一緒にお風呂入ろ?」 耳元で陣の声がした。 「狭いよ……」 良いじゃん狭くて、と陣は笑った。 「ってか、飯……」 「後で食べる。……なに颯太郎、今日は俺の事シラフで受け入れてくれるんじゃなかったの?」 拗ねたような陣の声に、颯太郎はドキリとする。そういう訳ではないけれど、やはり緊張するし、心の準備は欲しい。 颯太郎は一つため息をつくと、小さく頷いた。

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