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第3話

 押し黙る俺を二之宮と白井が見据えている。俺が言葉を発するのを待っているのだ。 「あんだよ。なんか喋れよ」  白井は不機嫌そうに唇を尖らせた。  喋れと言われても困る。口をつぐむ俺に対して二之宮は明晰な口調で告げた。 「君も時間を反復しているのかい?」 「えっ!」  目玉をひん剥いて二之宮を見た。二之宮は深沈と静まった瞳で俺を見返す。 「七月十日の夜七時から十時までを僕は反復している」 「ええっ!」  改装中のビルに驚愕の声が反響した。二之宮は顎に手を添え、言葉を続ける。 「一回目の七月十日。僕は、委員会の集まりが終わると参考書を買うためにこの街に来たんだ。着いたのは夕方の六時頃。書店を出たのは七時ちょうど。友人と待ち合わせをするために時間を確認したから間違いない。帰りの電車の中で異変が起きた」 「電車、止まってなかったか?」 「地下鉄は動いていた。振替輸送で流れてきた人達で車内は混雑していた」  俺の問い掛けに、二之宮は落ち着き払った口調で答えた。俺は神妙な面立ちで二之宮の話に耳を傾けた。 「気が付いたら書店の前にいた。それからこの四時間を九十二回リプレイしている。色々試したが解決方法は見つからなかった。疲労困憊していたところに君を見つけた。交差点のど真ん中でね。僕以外はこちらが干渉しない限り前回と同じ言動を繰り返す。精巧なロボットのように。その中、君だけは別行動を取っていた。仲間だと理解した」 「な、仲間っ」  俺は瞳を爛々と輝かせた。 反復現象に困り果てた俺が選択した行動は遊ぶことだった。ここは娯楽の街だ。スポーツ、飯、ゲーセン、買い物、映画、ネットカフェ、俺は思い切り遊び回った。  しかし、二十回くらい反復すると飽きた。ゲームに飽きて、他のゲームをやり出す。それにも飽きるとゲーム自体に飽きる。夢中になっていた事も、いずれは飽きてしまうのだ。気を取り直し、買い物を楽しんだが、気に入ったスニーカーを購入したところで、スタートに戻れば消えてしまう。  もしかしたら、これは人命を救うために神が与えた力なのかもしれないと俺は正義感と使命感に燃えるようになった。例えば、どこかで悲惨な交通事故が起こるとする。被害者に事故現場に近づかないよう警告すれば、人命を救えるのではないだろうか。身近に起こる事件に絞れば俺でも対処可能だ。だが、事件を目撃することはなかった。ニュースに流れる凶悪事件は素人の手に負えないし、怪我人が出る事故も県を跨いで発生すると物理的に無理だった。 ならば、手に届く範囲で人助けをしようと、女性を付け狙うナンパ男を追い払ったがスタートに戻れば、ナンパ男は再び出現している。  退屈、無力、疲労が重く圧し掛かった。どれも辛かったが、一番堪えたのが孤独だった。 親や友人に助けを求めたが信じて貰えなかった。焦燥感の後に孤独感が押し寄せ、人の温もりを欲し、街で出会った女性と親密になった。しかし、スタートに戻ると、記憶は俺にだけ残り、彼女からは喪失する。こちらは覚えているのに、あちらは覚えていない。 糸を切ったような強烈な寂しさに堪えきれず、自暴自棄になった俺は交差点で全裸になった。  俺は目尻に涙を浮かべながら二之宮の肩をバンバン叩いた。 「そうだったのかぁ! 仲間がいたんだなっ。 すげぇ嬉しいよっ」  感涙に咽びながら肩を叩き続ける俺に二之宮は「痛いよ」と訴え、身を引いた。 「ハイ! ハイ! オレの番なっ。二人共、オレの話を聞けっ」  声を張り上げたのは白井だ。ぶんぶんと大袈裟に片腕を振るう。どうやら自分に関心が向いていないと目立とうとするようだ。 二之宮と情報共有をもっとしたい。一緒に脱出方法を考えたい。お前にかまっている場合ではない。そう腹の中で毒づいたときだ。 「オレも反復しているっ」  「は?」  高らかに声を上げる白井に俺は険しい表情を向けた。 「オレも、同じ日の同じ時間を反復してんだ」  嘘だ。かまって欲しさのあまり、その場限りの嘘をついているのだ。うんざりする俺を無視し、白井は続ける。 「学校帰りによ、彼女とゲーセンで遊んでたんだよ。そしたら彼女がさ、バイト先の子の体調が悪くなったからって、シフトの空きを埋めに帰っちまったんだよ。メダルゲーの場所で別れたんだけど、それが夜七時。毎回、十時になると、メダルゲーの場所から同じ日が始まんだ」  具体的な内容は説得力があった。 「じゃぁ、俺達三人共、反復してんのか」 「そうだよ。言ってんだろうが、バーカ」  小馬鹿にするように笑いながら白井は唾を飛ばした。本人は楽しそうだが、こちらは楽しくない。人を茶化している場合ではないだろうと、イラついたが、理性が感情を抑えた。問題解決が最優先である。 「そうだな、俺が馬鹿だったな。それで、何故、俺達なんだ。共通点はないよな?」 「……ああ、ない。クラスが同じくらいだ。授業の班も移動教室も違うからろくに話したこともない。共通の友達もいない」 「そうだよな。ていうかさ、こんなに話したのは今日が初めてだよな?」 「初めてだ。僕は二人の名前すら知らない」 「あー、俺もだわ」  俺はあぐらを崩した。 「何故こんな目に遭うんだ。最近、なんか変わったことはあったか?」 「とくにない。期末テストが終わって、夏期講習に向けて予習勉強をしていた」 「ガリべーン」  茶々を入れた白井に「ああ」と二之宮は感情のない声で返した。冷静な奴である。 「そういう白井は?」 「ねぇな」  そっけない口調に、少しムッとした。協力する気がないのだろうか。 「中村は? なにかあったかい」 「んー、ないな。友達と遊んで、それなりに勉強もしていた。いつも通りだった。とくにこれといって変わったことはなかったな」  頭をひねったところで解決策どころか共通点すら見当たらない。二之宮は親指を顎に当てがい、俺は後頭部を掻きむしった。白井だけ小指を耳の穴にねじ込んでいた。 「ずいぶん興味なさそうだね。ここは協力するところでは」  レンズの奥の瞳は氷のように冷え切っていた。凍てついた視線を白井は嘲笑う視線で見返した。 「悪ぃけど、オレはこのままでもかまわないね。お前達とは違って毎回楽しいんだ」  白井はニキビ痕の残る頬に哄笑を刻んだまま、胸を張り、声高に言う。 「じつはさ……」 「白井。悪いが続きは次のリプレイで」  白井の自慢話を遮ったのは二之宮だ。彼は温度のない視線を俺の腕時計に向ける。それにつられて俺は腕時計を見た。ギョッとした。午後九時五十九分だ。 「十時まで、あと一分しかねぇし」  慌てふためく俺に二之宮は淡々と告げた。 「待ち合わせ場所を決めておこう。僕のスタート場所は坂道と大通りの合流地点にある本屋だ。君達のスタート場所は?」 「大通り沿いの雑居ビル前だ。一階に紳士服店の看板がある。『ハイ・スコア』っていうゲーセンの斜め前だ」 「オレは『ハイ•スコア』のメダルゲーコーナー」  俺達のスタート地点は徒歩五分圏内の場所だった。とくに白井とは目と鼻の先だった。 「それじゃぁ、中間地点の家具店前に集合しよう」  頷くのと同時に腕時計のアラームがピピッと小さく鳴った。

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