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第12話

 カランと氷の涼やかな音に僕は我に返った。 時刻は午後七時二十分。健ちゃんはいつも約束の五分前に待ち合わせ場所に現れる。  映画を観る約束はしているものの来ないだろう。いや、もしかしたら。諦めと期待。上がったり、下がったり、シーソーに乗っている気分だ。とても疲弊する。早く終わって欲しい。諦めてしまえば楽になれるというのに、それができないでいる。  真剣な表情と情熱に燃える瞳が、網膜に焼きついて離れない。  ……健ちゃん、君に会いたい。  心の中でそう呟くと、寂しさがひしひしと迫りくる。 涙ぐんだ目を指先で軽く擦った。  外に視線を戻すと、見知った顔が目に留まった。同じクラスの中村だ。背が高いから目立つ。細い路地を通り、こちらへ向かってくる。学校帰りなのだろう、制服のままだった。  中村はガラス扉を押すと、迷わずに僕の方へ歩んできた。僕に用があるのだろうか。 「能瀬」  低い声で呼び掛けられた。 「野田と待ち合わせしてるんだろ?」  「うん。そうだよ」  何故知っているのだろうか。汗玉が滲む陽に焼けた顔をまじまじと見た。 「野田と会ったんだ。大通りの映画館前の喫茶店で。お前と待ち合わせしてるって」  疑問の視線に気が付いたのか、中村は白い歯を見せて笑いながら答える。 僕は慌ててスラックスのポケットからチケットを引っ張った。路地の向こう側に構える映画館へ視線を移す。看板とチケットを見比べた。 「え、嘘」 「場所を間違えている」  はは、と笑う中村に僕は照れ笑いを返した。ふと、僕は違和感を覚えた。教室で見掛ける中村はいつも屈託なく笑っているが、目の前の彼は繕っているというか、無理をしているというか。いつもと違う様子だ。  だが、その疑念は急かす声にかき消された。 「早く行ってやれ。野田が待ってる」 「う、うん。教えてくれて、ありがとう」  僕は荷物置き場から通学鞄を引っ張り出し、肩に掛けた。テーブルに丸まっていた伝票を握り、レジへ向かおうと急ぐ僕の背後から「能瀬」と呼び止められ、僕は振り返った。  真摯な視線と僕の視線がぶつかった。 「……悪かった」  何を謝っているのか。真剣な眼差しが物語るものは何か。僕は悟った。 「いいよ。気にしないで」  彼は破顔した。「それじゃぁ」と手を振るった後、僕は健ちゃんのもとへ急いだ。

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