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第36話いざ森へ

これほど楽なヒートは未だかつてなかった。そう言い切れるほどこの一週間はとても順調で、毎朝メイドが届けてくれる朝食と抑制剤を飲めばその日一日、何不自由なく生活できた。 だからだろうかショウが来てくれなくなったことに、ジュリは不安を覚えていた。 それだけじゃない。あのメイドと男が一体なんだったのか、なんで襲われたのか気になってしょうがなかった。 食事を持ってきてくれるメイドに尋ねてみても口を濁すだけで、ジュリ一人だけ取り残されている気分になっていた。 「もう一週間・・・・・・。もうとっくにヒートは終わっているのに。いつになったら僕はここを出られるんだろう。……ショウもいつになったらきてくれるの」 ベッドの上、膝を折り曲げ体を小さくする。静かな部屋、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち、白いシャツの袖できっと腫れているであろう目を乱暴にを拭った。 その時だ。 ”コンコン” 部屋をノックする音が聞こえてきた。 ジュリは、はっと顔を上げると、ぼさぼさの髪ややつれた顔も気にせず一目散にドアに向かった。 ー-ショウが来てくれた! 朝食でも昼食でもない時間。きっとショウに違いない。 期待で胸を膨らませながら勢いよくドアを開けた。 「ショウッ!・・・・・・じゃない、か」 「すいません。えっとこれ・・・・・・お届け物です」 ドアを開けて立っていたのはいつも食事を届けてくれているメイドだった。 メイドはバツの悪そうな顔をしながら茶色の紙袋をジュリに手渡した。 「これって……」 「寮母のレベッカさんが届けてくださいました。キッチンに置いたままだったとかで・・・・・・」 紙袋の中を開けると、そこにはジュリが仕事で使っている白いエプロンが入っていた。どうやら最後に使った一週間前に寮のキッチンに置いてきたままだったらしい。 そこでふと急に一週間前の記憶がよみがえった。 ー-そういえば、タッパーを包んだランチクロスが見つからない。石を投げられた時だ……! 「あのっ、タッパーが包んであるランチクロスは届いてませんか?!・・・・・・黄色と白のチェックになってて」 「いえ、これ以外には何も」 「じゃあ、探しに行きたい。もうヒートは終わったんだから出てもいいでしょ?」 「それはだめです。レミウス様の許可が下りるまでこの部屋で待っててください」 もう帰りたくてしょうがないのだろう。メイドはため息を付き、ぶっきらぼうに答えるとさっさと帰って行ってしまった。 ー--- すっかり寝静まった深夜二時。 ジュリは黒いフードを目深に被り足音を立てないよう部屋を出ようとしていた。 ー-抑制剤はちゃんと飲んでる。ランチクロス取りに行ったらすぐ帰ればいい。 部屋を出たところで心を落ち着かせようと深い呼吸を繰り返す。 部屋を出ることを禁止されているジュリ。ここで誰かに見つかってしまえばショウに会うことはもう一生できないのかもしれない。緊張で胸はバクバクと鳴り、手の平から汗が止まらなかった。 それでもゆっくりと歩き出す。向かいにあるショウの部屋のドアに耳を当て少しの音も聞き逃さないよう神経を研ぎ澄ますも何の音も気配もなくここには誰もいないようだった。 「大丈夫、大丈夫・・・・・・。ショウには絶対また会える」 胸に手を当て自分に言い聞かすように唱え一度目を瞑ると、ジュリは森に向かって走り出した。

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