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第38話さようなら

『これ以上、ジュリさんを部屋に一人きりにしておくにはいきませんよ!』 『マーリンよ……。そんな事をいってもな。ヒートの間は二人は会わないようにしておく手筈だっただろう!?』 ひそひそと話す声の主はマーリンとレミウスのようだった。二人の話し声はだんだんとヒートアップしていき、壁に耳を当てなくても十分ジュリの耳に届いていた。 『それにしてもまさか、あのメイドがオメガの発情促進剤を少しずつ食事に入れていたなんてな・・・・・・。でもどうして』 『どうやらショウ様のことが好きだったようです。ショウ様がここに来てからずっと・・・…。思いは告げていなかったようですがショウ様のお気に入りが”男娼”だった事に腹を立てて及んだ犯行だそうです』 ジュリは、ごくり、と唾を飲み込んだ。 マーリンやレベッカ、他の騎士団員もジュリに好意的に接してきてくれたからまさか意図的に襲われるとは思っていなかったのだ。「ここにだって僕を嫌う人がいる」そう思った瞬間、ジュリの足が恐怖で震え出した。 『マーリン!レミウス様!』 今度は扉の向こうから知らない男の声が聞こえてきた。マーリンやレミウスとは違い、低くしゃがれた声の男の声だ。 『アイガリオンか・・・・・・一体どうしたんだ』 『えっと・・・・・・その・・・・・・』 アイガリオンと呼ばれた男は「あー・・・・・・」や「その・・・・・・」と何度も言いにくそうにしている。すると痺れを切らしたレミウスがイライラした口調で怒鳴った。 『いい加減にしないかアイガリオン!何があった』 『は、はい。ショウ様一行が城に戻っていると連絡がありました。……あと三日ほどでこちらにお帰りになられるそうです』 『三日か……。それまでにジュリとお腹の子をなんとかしなくてはならんな。ショウ様の子はいずれこの国の王となる。それが男娼の子だとは世間が許さんだろう・・・・・・。ましてやショウ様は元の世界に帰ろうとしているのに』 『あ、ケイサツカンになるっていうやつですよね』 ー-子ども?ショウが元の世界に帰る?ケイサツカン? そこでジュリはやっと理解した。ヒート期間中の性行為は着床率百パーセント、つまりあの時の営みで妊娠していると。 ー-『お腹の中にショウとの赤ちゃんがいる』 目線を下げ、まだぺったんこのお腹をそっと撫でた。 何の膨らみもないお腹。しかし『ここにいる』とわかった瞬間から『守らなければ』という気持ちになりジュリの瞳からは大粒の涙がこぼれた。泣き声が聞こえないようぐっと唇を噛みしめ片方の手でお腹を何度も撫でる。 ー-ショウは元の世界に帰らないって言ってたのにどうして・・・・・・?『男娼の子』ならこの子はどうなってしまうの? ー-この子が捨てられることだけは嫌だ!自分はどうなってもいい……だけどこの子だけは! そうしてジュリが考えついたのははこの王宮から逃げ出すことだった。 草木も眠る真夜中の王宮。 抑制剤とショウが似合うと言ってくれたフリルのブラウス。それだけを持ってジュリは王宮を飛び出した。 ベッドに”さようなら”と書いたメモだけを残して。

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