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第6話

「すまない。急に呼び立ててしまって……。」  あれ以降、この身の状態の維持には手を貸し続けてくれているが、それ以外の身体的接触を絶った昴との向き合い方に煮詰まった俺は、友人達の手を借りる事にしてしまった。 「良いんだよー。っていうか嬉しいし」 「心遣い感謝する。」 「そんなに畏まるなよ。俺達で力になれたら良いんだけど」  皆と最初に食事をした場所で太陽のような笑顔を浮かべる友人も、草原のような微笑み浮かべる友人も、本当に気にしておらず、むしろ純粋な好意を示してくれていてかえって申し訳なくなってしまう。 「で、どしたの? やっぱ昴の事?」 「……何故、それを?」 「そりゃわかるよー」  珍しく大人びた苦笑を浮かべる田崎の言葉に酷く戸惑った。彼等には、昴との関係性の変化を報告していなかった筈だが……。  気不味い雰囲気になりがちなこの頃などは、彼等と共に過ごす昼時を窮屈なものにしないよう、俺か昴のどちらかが同席しないか、表面上は普段通りに接する事でなんとか取り繕えていると思っていたのに。 「態度に出てしまっていただろうか。すまない。」 「いや宮代は、もしかしてちょっと困ってる? って思うくらいで、殆どいつも通りだったんだけどさ……」 「昴はちょーイライラしてんだもん」  クールぶってるけど分っかりやすいんだよねー、と言う田崎が少しばかり笑みを浮かべている理由は推測出来なかったが、それよりも、俺の変わり様を見抜かれていない事への安堵が大きかった。  この問題が発生した当初は、課せられた問題をどう解決しようかという事と、昴の精神的負荷への心配だけが頭を占めていた。  だが先日、背に触れるだけになってしまった彼の手の温度をいやに意識してしまい、更には、その手が腹の方まで回り、代わりに彼の体の熱と重みをこの背に受けたい。などという考えを浮かべてしまったこの身が、友人達の目も憚らず物欲しげな態度を見せてしまっていたのではないか、と一抹の不安が過ったのだ。 「ケンカでもした?」 「あ、ああ。そう、だな……。」  “痴話喧嘩”という認識が選択された事を誤魔化し、気軽な雰囲気で話の続きを待ってくれている友人達の為に、それらしき説明を組み立てる。 「お互いの認識の齟齬と言おうか……。昴は良かれて思ってしてくれていたのだが、俺の方が、その……上手く、受け止められず。しかし、こちらにもこちらの事情があって、譲るというのも、また少し違う気がしてしまって……。」  我ながら酷く拙い。具体的な単語と表現を避けたが故に、とても曖昧な話になってしまう。 しかし、ふむふむ、と夕食を咀嚼しながら相槌を打つ田崎も、そっか、それで? と飲み物に口を付けてから優しく問いかけてくれた泉も、少しも呆れた様子を見せずにいてくれた。 「解決の為に、俺からの提案を実行してみていたのだが、何と言おうか……感情の速度の違い……と、言おうか……。兎に角、上手くいかず。よって、残るは昴からの提案のみなのだが、これがこう……本当に困難で……。」  ああ、気不味いのだか恥ずかしいのだか分からない。田崎からの提案でこの場所に集まったのは正解だった、と強く感じる。もっと落ち着いた、自分の声が容易に周りに聞こえてしまう場であったら、俺は話す事もままならなかっただろう。 「んー。つまり、昴がめっちゃワガママ言って宮代ちゃん困らせてる、って事だよね?」 「い、いや、そこまで悪く言うつもりは……。」 「やー、これはそうでしょー。っていうか、昴と宮代ちゃんならそうでしょー」  なんだろう。田崎には俺が見えていないものが見えているのだろうか?  そうなのか? と尋ねている泉も俺と同じく、何故田崎がそのような結論に至ったのか分かりかねる様子だ。 「だってさー、昴短気じゃん? で、宮代ちゃんは心広いっていうか、んー……自由にさせてくれるって感じじゃん? なのに、もっと自由にさせろー! ってワガママじゃん?」 「そう言っちゃえばそうなのかも知れないけどさ。昴だって、色々考えがあったんだろうし、歩み寄ろうともしてくれたんだよな? だから、宮代も悩んでる訳だし」  泉の言葉に誘発されて、昴への罪悪感が浮上する。二人に相談を持ち掛けたのも彼の推察の通りで、人ではない俺が、人間である昴の感性を取り入れる術があるのならば、同じ人間である彼等に教えて欲しいと考えたからだ。  なんて言うかなー、と大きく口を開けて主食を頬張った友人は、飲み込むまでの僅かな時間で思考した後に続けた。あいつアホだからなぁ、と昴に何度か称された青年とは、どこか印象が異なっていた。 「甘えてるんだよねー、昴は。カッコつけて頼られたいくせに油断もしたいの。だからって、試すみたいにワガママ言うのは良くないし、めんどくさいよねー」  バカでごめんね? と笑う田崎は、年長者のような、兄弟で当て嵌めるところの兄のような顔をしていた。 「マジで? イメージじゃないんだけど?」 「直親もまだまだだなぁ。おれらにも甘えてんのに」 「嘘!? そりゃ、普通に友達として頼られてるっていうか、信用? みたいのはあるだろうけど。割と何でも一人でやりたいって感じだし、実際出来るじゃん昴は」 「直親がそーゆー感じだから、昴は安心してカッコつけられてるんだよ。まったくお前らはーとか、面倒見てやんなきゃなー、って大人ムーブしたいお年頃の昴にお兄ちゃんさせてあげてるのは、おれらの方なんだよなー実は。あ、言うのはナシな。怒られるから」 「いやー、言わないっていうか、実感ないのに言ってもなぁ」  意外だった。三人の関係は、兄のような泉と弟のような田崎を、年長者の友人であるかのように昴がリードしている風に見えていたのに。 「田崎は、昴の事をよく理解しているのだな。」 「まねー。昴みたいに『一人で平気だからほっといて!』って子、チビ達の中にも居て。頼られるの好きっぽく見えて割と甘えたがりなんだよねー」  成る程。ボーイスカウトへの参加をきっかけに、年代を問わず近隣の子供達と関わるようになったと言っていた田崎は、様々な性格の者と接する機会があったと見える。屈託のない笑顔と相手の自尊心を傷付けない心配りは、壁を作ってしまう者の心を優しく開いた事だろう。 「宮代ちゃんが本当に『それはちょっと!』って思う事なら怒っちゃいな。拗ねるかも知んないけど、何で嫌なのかちゃんと言ってあげて、昴が嫌いだからじゃないんだよー、ってしてあげたらその内満足すると思うよ?」 「そのつもりではあったのだが……。どうも、その辺りも疑われているようで……。」 「うっわ、めんどくさ! めんどくさい男だー!」 「将吾、笑ってやるなよ。昴が宮代の事よく気にしてんのは知ってるだろ? だからさ、宮代。今の昴は素直になれてないかも知れないけど、宮代の誠意は伝わってると思うし、昴の方も、本当に宮代の事を信用していなって事は絶対ないから。そこは安心して」  優しい人達だ。  友を励まそうと笑いかけてくれる愛おしい子らの瞳を見て、数瞬だけ相談事が遠のく。  ここも守るべき世界の一つなのだ。と、贖罪の機会を振り切ろうとする自分を諌める為の言葉を、彼等の平穏が尊い祈りに変えてくれる。 「えー。じゃあ、しょうがないなぁってしてあげるのが早いかー。おれ的には『こら!』って言っちゃいたいけど。宮代ちゃんは、どう?」 「俺は……。」  新たな策は、やはりない。しかし、田崎の言う通り昴が……かつては我が儘も甘えも許されなかった青年が、それを発揮できる相手だと俺に対して思ってくれたのなら、精一杯応える事がこの身の責務であり、俺の望みだ。 「今一度、昴からの提案を実行してみたいと思う。我慢ではなく、お互いの為に。」 「偉い。凄く偉い。おれなら『バカ! ハゲ! 好きにしろ!』って言ってる」 「無理はするなよ? 何かあったら、またいつでも言ってな?」  気が付けば随分と時間が経ってしまっており、謝礼として食事代を出したいと告げると、いいのに、と言いつつも快く申し出を受け入れてくれた。  二人と別れた時刻は、ちょうど昴がアルバイトから帰宅する頃であったが、疲労している時にするべき話ではないだろうと、明日に持ち越す事に決めて歩き出す。  頼もしい友人達から貰った勇気がそれまで俺を支えてくれる。

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