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第8話

「…………っは……んっ……うあっ……っあ、んっ」 「ぬるぬるしてんの好き?」 「んぁっ……ふっ……わか、らない……っあ、んんっ……いや、わからない、の、では……っあ、なく……ぅあ、っあ、あんっ……どちら、も……っあ、やだ、いやだっ……」 「どっちも好きなんだ?」 「っあ、っあ、っあ……! や、だめ、服で、するのっ……んっ、ぁんっ、あ……っは、んっ、だめって、あぅっ、いったの、にっ……」  ざらついた布越しで胸の先端を焦らすように刺激されると、じんじんと痺れるような快感とあと一歩の物足りなさが酷く欲を掻き立てるのを、もうこの身は覚えてしまっている。  今日は優しく出来ないかも知れないから、と昴が塗り広げたローションは表層やその下への刺激を一層柔らかに変え、彼の意地悪な手付きを更に奔放にさせた。 「足の付け根はローションある方が好きなんだ? あ、肋もビクッてした。胸は……どっちの方が好き?」 「ひぁっ! あ、ぬるって、指……っあ……! ヤダっ、ダメ、そんなに……ぃやっ、弾い、たらっ……っあん……。あぁバカ! 見るなぁ……!」 「だって、ぷるぷるしててかわいーんだもん。濡れてんのエロいし。オレが舐めてあげてる時って、こんな風になってたんだ?」 「言うなばかぁ……! あんっ、ぁんっ……」  胸を虐める事をせずともよくなった口は、けれども言葉で、唇で、舌と歯で、手当たり次第に俺の欲と羞恥を引き出して行く。  可愛い好きだよという言葉と共に耳を喰まれ、首筋と鎖骨に甘く噛み付かれ、指の間や腰の骨を舐められる度に、耐え難い程の欲に焼かれて体が跳ねた。  滑る指先が臍を掠めて下腹部を撫でたかと思えば、口付けながら片足を畳まれて、腿の裏から脹脛の肉の感触を堪能された挙句に、足首の辺りをくすぐられたむず痒さに首を竦める様まで楽しまれる。全身をくまなく愛してくれる彼の動きはとても恥ずかしいが、嬉しい。嬉しいが、まだ、足りない箇所が残っている。 「昴……そこ、は、もう……いいからっ……あの……。」 「ん? あぁ。ココが一番ぬるぬるして欲しいもんな?」  暖かく滑る彼の掌が強欲に主張する中心をどろりと撫で上げた。 「あぁ……! っあ、っは……ふぁっ……はぁ……っあ」 「やっと触ってくれた、って顔してる。お強請りさせれば良かった」  なんとも恐ろしい企みを今回は回避出来たようだが、それに安堵したという記憶は彼の手が数回往復するだけで跡形もなく忘れ去られた。体中を丹念に愛でられる間に積もってしまった期待がだらだらと滴り、満たされては渇く感覚に成す術もなく翻弄される。 「っあ、っあ! っん……っあ、っだめ、っあん、んっ……熱、い……。いやだ……すばるっ、あつい……からだ、あつい……やだ、むり、やだぁ」 「顔もカラダも真っ赤で可愛い。ちょっと限界?」  興奮はしてくれているようだがまだ余裕のある昴に対して、俺の方はもう駄目だった。なんでもいいからはやく。そればかりが周り続ける頭は、彼の問いかけにひたすら頷く事しか出来ない。 「取り敢えず、一回イこっか?」 「ん……んぁっ、っあ、っあっあっあっあ……! ああっ、ああっ……! んっ……!」  一回、の意味するところを疑問に思うより先に、全てを知り尽くした彼によって簡単に昇りつめさせられ、着けてくれと言う間もなく、彼の掌に欲の集積物をぶち撒けてしまった。  酷い後悔と羞恥心に苛まれる事をしたとは思えぬ解放感と、濁流の如く押し寄せていた情報がぶっつりと切れた衝撃とで放心する俺を、昴はこれ以上ないという程愛おしそうに、そして褒めるように撫でた。 「なあ、遙」 「………ん。なんだ……?」  段々と処理が正常に動き始めた頃合いを見計らって、昴が俺を呼んだ。 「一個、お願い聞いてくれる?」 「俺に、かのうなこと、であれば……。」 「頑張ってみてくれたら嬉しいんだけど」  額に口付けを一つ落とした後、絡められていた指が離れ、代わりに冷たく粘度のある物がとぷりと掌に落とされる。これは……たしか……さっきまで、昴が俺に……。 「オレの、触って?」  言葉の意味と掌に溜まった透明な物の用途が合致した時、微睡に揺蕩おうとしていた意識が叩き起こされた。  触って欲しい、と言った。オレの、と言っていた。つまり、それはその、あれだ。あれを、そう、それするあれだ。  無理だ無茶だと反射的に過る。だが、断る為に見上げた昴の表情がとても──とても、欲に濡れていて。優しく絡め取るように見下ろす様が、恋に落ちそうな程に麗しくて。  必要とされると応えてしまうこの身の習性と、彼に懸想してしまっている俺の気持ちに、自分ばかりが彼に尽くされていた事実への反省が加わって、何事かよくわからない返事を口にしながらも、俺は彼からの“お願い”を承諾した。  手を取られてそこに導かれるまでの間が長く感じる。思い返せば、以前同じように強請られた時は、覚悟もないまま触れてしまった所為ですっかり気が動転し、直ぐに手を離してしまった。その時も昴は、涙目が可愛いから許すけどいつかして、と言って譲ってくれた。  望まない事はしない、という事は基本ではあるけれど、彼はきちんとそれを守ってくれていた。 「…………っ!」  ぺたりと濡れた感触越しに彼のモノが掌に触れた。その熱と硬度に言葉を飲み込む。欲とは何かを教えられたこの身は、彼の抱えるものがどれ程であるかを推し量れるようになっていた。  彼は……昴は、ずっとこれを耐えていたのかと。ただ襲い来る快感に流され、あられもなく喘ぎながら身を捩り、形だけの拒絶を口にするばかりで睦言の一つもかけてやれない俺に、こんなにも思いを募らせてくれたていたのかと。  いじらしい。愛おしい。泣きそうな程に。 「もう変な嫉妬しないから、遙が一番良いって、一番気持ち良いだろうなって思うやり方で触って」  これから己がすべき事を思い浮かべると恥ずかしさがじわじわと侵食し、体が硬直してしまう程の緊張を覚えた。それでも、靄に包まれそうになる情報を掻き分け、彼の望みを叶える方法を拾い上げる。俺は、彼の思いに応えたい。 「……んっ」  昴がきゅっと瞳を閉じて体を小さく震わせる。その反応と低く艶めいた声で緊張が僅かばかり薄れ、反対に欲望と愛おしさが増した。  柔く全体を包み、カタチを確かめ、興奮している事を知らしめるように摩る。  二本の指で挟み込みながら括れを刺激し、親指の腹で先端に浮いた雫を掬う。くるくると塗り広げながら周りを撫で、ここが性感である事を教えるようにゆっくりと鈴口を愛撫した。くちゅりと水音を立てる事も忘れない。  焦らす為に指先を下へ向かって進めて裏筋をなぞる。びくりと震えた全体を我慢が出来ない子供を窘めるように一度強く握り、意地悪く柔い手つきに変えて撫で上げ、はしたなく液体を溢す先端の口を指の先で詰った。それから、今度は──。 「ストップ、ストップ!」  次なる一手を加えようとしていた俺を突然に昴は静止した。痛くしてしまっただろうかと不安に思ったが、手を取ったまま覆い被さるように倒れ込んだ彼の、くつくつと堪え切れない笑いが耳を打つ。 「下っ手だなぁ」 「悪かったな。」  実行しながら自分でも分かっていた。それらしい順序だけは踏んでいるものの、理想的な動きとは程遠い。拙い手つきは適切な緩急を付けられず、触れる力が強いのか弱いのかもわかっていない状態だった。それなのに、良いって、と言った昴の声はとても嬉しそうだった。 「それ、オレの触り方」  潜めた音の振動に揺さぶられ、ずくん、と腰が疼いた。  今は触れられていない部分にどんどん熱が向かっていき、内腿が震える。始める前に彼が命じた言葉が思い返され、羞恥でどうにかなりそうだった。 「代わりに、別のお願い聞いて欲しいんだけど」  身を起こした彼が、落ちかかる前髪を掻き上げる。男性的な節くれ立った手指と、うっすらと汗の滲む賢しげな額が美しく、すいと寄越された視線に胸が音を立てる。この男を満たしたいという願望が、瞬間的に恥を忘れさせた。 「な、なんだ? 俺にできる事か?」 「出来るっつーか、これも頑張って欲しい事かも?」 「何でも、出来得る限り協力する。」  積極的じゃん、と軽い口調で返した昴は、今度は自分の手に滑り纏わせる。その手が俺の体を降りて行き、彼に愛された場所の裏へ周り、肉の間に添えられた指が、つぷり、とその内側へ埋められた。 「挿れたい」  この男の言葉と、行動は、いつも俺を酷く翻弄する。 「ばっ……馬鹿! 汚いだろ、早く抜け!」 「汚くないだろ。つーか、汚くなりようがなくない?」 「は!?」  何を言っているのか理解出来ず、疑問がそのまま音になる。しかし、数瞬思考した後に思い当たった事実に対して、……あ、と今度は間の抜けた声が漏れ出た。  この行為の最中は殊更に人らしい振る舞いや思考が選択される影響でか、まるで本当に人になったような心地で答えてしまったが、この身の本質は変わらない。三大欲求と呼ばれるものの内二つは、俺にとっては必要でないものだ。  最も不必要であった方が何故か充分に出来てしまっている事の仕組みはさて置き、もう片方は表面的な部分、即ち、咀嚼して飲み込んで見せるまでが重要で、その先の処理は人間とは異なる。だから、彼が今ゆるゆると感触を確かめるそこは、俺にとっては本来、一切必要のない場所のはずだ。 「遙さ、見た目だけそれっぽくしてるって言ってたじゃん? だから初めてちゃんと体見た時、マネキンみたいな感じじゃねぇんだなって、嬉しかったしちょっとびっくりして」 「そんな感想を、今、言うなっ……ぅっ……何だ、この……奇妙な……。」 「けど、ここはそういうのとちょっと違うだろ? 人に見られる事ってないし。中なんて、それこそ絶対に作んなくて良い。だから、あるって気付いた時、なんでなのかなーって」  狭いそこを、滑りを借りてぐにぐにと指が動く。痛くはない。気持ち良くもない。だが、彼が触れたところから段々と存在を自覚させられていく工程が恐ろしく、ひたすらに恥ずかしかった。 「も、もう、止め……ぅっく……止め、ないか? 居た堪れないと、言うか……ぅぅ……未知数過ぎると、言うか……。」 「ヤダ」 「っお前! ……ぅあっ! ちょっ、とっ……なぜ、そこ、も……っ」 「気持ち良いのと一緒じゃなきゃ頑張れないだろ。刷り込み出来るかもしんないし」 「ぃやっ……っあ……それは、別ではない、かと……ふっ、あうっ、っあ……んんっ! や、そっち、までっ……っは、っん、あ、それだめ……っ」  信じられないくらいに恥ずかしい状態のままだと言うのに、弱い部分に触れられると直ぐに流されてしまう自分が憎い。  再現しようとした動きとは別の、的確に性感を刺激する指と掌に腰が揺れた。中心を煽り、骨盤を撫でた手が胸の先端ではカリカリと爪を立てる。  快感に気を取られた体は彼の手によって容易に向きを変えられた。うつ伏せられ、横を向かされ、或いは仰向けに戻された後に頭を乗せていた物を腰の下入れられ浮かされ、ひたすら彼が触れたいように触れる為の──いや、俺が触れられる為の姿勢を取り続ける。そんな情けのない状態になっているにも関わらず、こちらを見つめる彼の眼差しは慈愛すら滲みそうな程に優しく、口付けは甘く柔らかかった。 「んっ、すばる……なぁ、やだ……じんじんする……。っあ、はぁっ……ね、もう、いいから……すばる……っぁあ……だめ……やだっ……もぅ……っ」  彼の吐息がかかるだけで震えてしまうようになった体は、一刻も早い解放を望んでいる。執拗にナカを解されている事も、辛過ぎて彼の手の甲に爪を立てて強請ってしまった事も、もうどうでも良かった。 「ちょっとだけ待って。ああ、もう……んなエロい顔すんなって。こっちも我慢してんだから」  それなら早く一緒に、とついには言葉にしてしまいそうになった時、先程からずっと昴が擦ったり、とんとんと叩いたりしている部分に違和感を覚えた。なんだろう? とぼやけた意識がそこに向かい、そして──。 ガクン、とこの身が揺れた。 「────っ!!」  吸い込まれて行く微かな残響で自分が声を上げた事を知る。余りに衝撃的な何かが起こった所為で、一瞬、意識が飛んだ。  今、一体、何が?  しかし、混乱の最中で見上げた頼みの綱である昴は、満足気に眦を細めながら湧き上がる欲望で口角を上げた、酷く美しく、恐ろしいまでに蠱惑的な顔をしていた。  扇情的な赤が薄い唇を一舐めし、ナカに埋まったままの指が一点を擦る。 「っあ! ああぁ、やだぁ! っあ、っあ、っあ、ダメっ……やだやだやだ! 何それ、やだ、だめだってっ……ぁっ……だ、から、そこ……っぁ、……ぁああ、だめなのにぃっ……」 「時間かかるって聞いてたけど、良かった」  何が、よかったのだろう。何が、いれるならここできもちよくなってほしいから、なのだろう。腰から下の形状を保てているのかわからなくなるくらいに感覚が蕩けて思考も溶けて、彼の指が何処を弄ってくれるのかだけに意識が向いた。 「だめ、やだ……そこ、っあ、それ、っあ……。んぅ……ん、ちが、あ、ちがぅ……。っあ、あぁ、そこ……そこ、が、だめ、だって」 「何? イイとこ教えてくれんの?」  正常な思考をすっかり置いてきてしまった状態で口走る譫言を、昴は何故かとても嬉しそうに聞いている。それがどんな意味を含んだ言葉だったのか、内壁を押される感覚や指が増やされる圧迫感に占領されて、音声として認識する頃にはとうに有耶無耶になっていた。 「ぁあ……っは……すば、る……ん……っぁ……んぁっ、っあ……いやだ……だめに、なってしまう……とけて、しまう……すばる……っ」 「っ、今ので指締めんのは、なしだろ……! やっばい、無理。本当ごめん。キツいかも知んないけどちょっとだけ我慢して」 「……っあ……」  ぐりゅんと内部の広がりを確かめられた後、入っていた全ての指が引き抜かれて腑抜けた声が漏れる。  こんな場所は知らない。こんな感覚も知らない。だがしかし、存在させてしまっているという事実が言い訳を許してくれない。 「遙」  呼ばれて、見上げる。  この身が犯している罪の全容を知らぬ人が、それ故に容易く、全てが欲しいのだと合わせる照準のなんと盲目で強い事か。  暴力性ごと全ての魔力を翻弄し、統制し、制圧してくれる欲に、もたらされる安定の予感に、この身が表皮を騒めかせた。  もう、知ってしまっているのだ。彼の情愛を一身に受け取りながらその期待に応える時、この身は、俺は、確かな充足と喜びを覚える事を。  自覚し始めてしまっているのだ。この身ではなく、俺だからこそ与えられた幸福であるのだと。  俺の手を取り口付ける彼は「気持ち良くする。でもがっついたらごめん」と、迫り来るものを押さえ込みながら誓うように言った。それから、滑りを伝わせながら収縮する場所へ熱い塊を充てがう。  そうして、なくなったものへの恋しさでぐずつくナカへと、抗えない衝動が叩き込まれた。 ◇◆◇

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