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第3話
***
「ハチ、これからお仕事に行くから、一緒に来てくれる?」
ありがたくもペットとして認めてもらった翌日、早速ご主人様からお呼びがかかった。
「ラジャー!」
カフェテリアで食後のコーヒーを傾けていた颯太は、半分以上残っていたそれを一気に胃の中に流し込み、すっくと立ち上がって敬礼する。
学内でも目立つ2人が連れ立って歩く様はやたらと周囲の注目を集めたが、颯太には全く気にならない。むしろ、どうだ羨ましいだろう、と胸を張りたい気分だ。
元々他人の目を気にしないマイペースな光彦も、いつもどおりの涼やかな微笑でカフェテリアの中央を堂々と突っ切っていく。
「みんな見てたねぇ」
外に出ると、光彦は今日の天気のことでも話すようにのんびりと言った。
「ハチが僕のお客さんだって思われちゃったかなぁ」
「いやぁ、どうしよう、もうっ。先輩と噂になっちゃったりしたら」
本気で照れて頭を掻く颯太に、
「なんない、なんない。大丈夫だよ」
と、甘い声が冷静にとどめを刺してくれる。颯太はガクッと大げさに肩を落としてみせる。
「あれ、なぜガックリくるのかな。僕とちょっと歩いたくらいじゃ、君の人気に傷は付かないから安心してねってことだよ?」
「俺はねぇ、噂になりたいんですっ」
拗ねた子供みたいな口調で文句を言う。光彦はポカンと唇を尖らす颯太を見上げていたが、アハハと声を立てて笑った。
「何がおかしいんですかー。俺あなたのこと好きなんですよ? そりゃ釣り合わないのはわかってっけど」
「いや、ひょっとしたら結構釣り合うかもよ」
「えっ?」
「僕達って結構お似合いかも……なんてね」
謎めいた微笑で煙に巻き、時計を覗き、遅れちゃう、と一人ごちながら光彦は足を急がせる。
またからかわれた。からかわれるたびに本気でドキドキしてしまうなんて、バカみたいだとわかっていながら翻弄される。
颯太の内心の動揺など気付きもせずに、光彦はためらいない足取りで教職員棟の建物に入って行く。学生の姿はほとんど見られない建物の中は森閑として、靴音まで響くほどだ。
基本光彦の商売相手は学内の者に限られており、料金が高額なため教授連中がメインらしい。当然学生の中にも、大枚はたいてでも憧れの人とひとときの夢を手に入れたいという者はいたが、額が額だけにそうしょっちゅうお呼びはかからないらしい。そのため商売は連日大繁盛ということでもないようだった。
それでも1回で10万入るのなら、週1で一人お相手したって相当な収入には違いない。
光彦が立ち止まった部屋のプレートを見て、颯太は思わず目を瞠る。
「えっ、松井教授ってもう70過ぎのおじいちゃんじゃん!」
「声が大きい」
光彦は苦笑しつつ、立てた人差し指を形のいい紅い唇に当てる。颯太はあわてて口を手で塞ぎ、小声で続ける。
「あり得ね~。その最中に文字どおりご昇天しちまったらどうすんの?」
光彦はクッと吹き出して、軽く颯太の肩を小突く。
「こらこら。でもお年だからさ。僕が口でしてあげるだけでいいから楽なんだ。挿れさせてあげなくても、お金は倍もらえるしね」
「っ……」
「ま、お年なだけにちょっと時間もかかっちゃうんだけど。じゃ、ハチはここで誰も来ないか見張っててね」
あけすけな話にポカンとしてしまっている颯太の肩をポンと叩き、光彦は失礼します、とノックをし部屋の中に入って行く。歓迎する老教授の猫撫で声と共に、パタンとドアが閉められた。
「エロジジィめ……」
これからあの聖らかな唇が、ジイサンの役に立たない皺めいたモノに奉仕するかと思うとムカムカしてくる。それでも、颯太には止める権利はない。
好きな相手が他の男と、扉一枚隔てた向こうでそういうことをしている。痛みを感じないわけがない。これからずっとこんなつらいお役目が続くのかと思うと、少々自信がなくなってくる。
それでも、そばにいると決めたのだ。彼がどういう気まぐれで、こちらの申し出を受けてくれたのかはわからない。ただ何か自分にできることがあるのなら、なんでもしてやりたいと思う。
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