306 / 347

看病

side 悠 「...崎、おい、篠崎!」 名前を呼ばれてハッとした。 顔を向ければ心配そうに覗いてくる木内の顔があって。 「...悪い、聞いてなかった...」 机に肘をつき額に手をあてる。 ヤバイな、これ....相当上がってるぞ。 目の奥の熱さと手のひらに伝わる温度に、深くため息を吐いた。 「この後の会議は俺に任せて、お前もう帰れ。そんな状態で出ても役に立たない。」 言いながらビジネスバッグを机に置かれ「悪い...」ともう一度謝った。 言葉は悪いが心配して言ってくれているのはよく分かる。 俺が逆の立場でも同じことを言うだろう。 「....タクシー呼んだから、無理せず休めよ。あと、ちゃんと病院行け。」 「ん.....ありがとう、そうさせてもらう。」 わざわざ買ってきてくれたのであろうお茶のペットボトルを渡される。 額にそれを当てればヒヤリとした感覚が気持ち良かった。 「本当にすまない。世話になるな、木内...」 「良いから、さっさと帰れ。」 ヒラヒラと手を振って追い出す木内に苦笑しエレベーターへと向かった。 「篠崎さん、お大事に。ゆっくり休んで下さい。」 「ありがとう...甘えさせてもらうよ。」 心配してくれる他の社員達。 皆のその優しさが身に染みる。 心配をかけたくなくて、なるべく平気なふりをして会社を出た。 ....熱出すなんて何年ぶりだ? タクシーの運転手に病院名を告げ、深く座席に腰掛ける。 流れる車外の眺めに目が回りそうで、病院までの道のりを瞳を閉じて過ごしたー。 広いダブルベッド。 ノロノロと着替え、毛布にくるまった。 寒い.... また熱が上がったのだろうか。 室内も布団の中も温かいはずなのに、体が寒気に襲われる。 病院で『インフルエンザではないですね。』と診断され安心した。 熱さえ下がれば明日には出勤できる。 カーテンの向こうはまだ日が高くて、平日のこんな時間にベッドに入っていることに違和感を覚える。 何より... ....あいつがいない。 ここで眠るときには居るはずなのに。 腰に絡まる長い腕も、 「おやすみなさい」と囁く穏やかな声も、 こめかみに感じる柔らかい唇も、 背中に触れる温かい身体も... 今はどれも感じられない。 その事に気付いた途端、鼻の奥がツンとする感覚。 なんだ、これ...? 自分で自分が信じられない。 指で目頭に触れれば、そこは濡れていて。 いくら熱があるからといって、これは無いだろ... 自分の弱さに呆れた笑いが溢れる。 布団の中で体を丸め自分の体を抱き締めた。 ...早く帰ってこい。 紛れもなく感じている寂しさに堪えながら、強くそう思った。

ともだちにシェアしよう!