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看病2

カタン.... 僅かな物音で意識が浮上する。 部屋は暗く、視界の端に入ってきた扉の向こうの明かりが目に眩しい。 人の気配を感じて体を起こそうとしたが、怠い体が直ぐには言うことをきかない。 そうして額に感じたヒヤリとした感覚と目の前に現れた白い手。 「そ、が.....」 帰ってきた...そう思った。 思わずその手を握れば「あ...」と小さい声が聞こえた。 「え...?」 蒼牙のものとは明らかに違う細い指。 ズキズキと痛む頭を声のする方に向ければ、思いもよらない人物の姿があって。 「ナオ、ちゃん...?」 「ごめんなさい、起こしちゃいましたね。」 申し訳なさそうに謝るその声に「いや、自然と目が覚めたんだよ...」と返した。 頭がついていかない。 どうしてここに彼女が居るのだろうか? 「っ、ごめん...」 握ったままだった手を慌てて離す。 「大丈夫ですか?少し起きれるようなら水分とってください。」 「...ん、ありがとう。」 のそのそと体を起こせば、横から華奢な腕が体を支えようとしてくれる。 その優しさに甘えリモコンで部屋の電気を点けた。 一気に明るくなった室内に目を瞬かせ、ベッド脇に膝をつくナオちゃんを見つめた。 「えっと、ナオちゃん...」 「蒼牙から連絡があったんです。悠さんが寝込んでるかもしれないから様子見に行ってくれって。」 俺が困惑しているのが分かったのだろう。 そう話すナオちゃんの顔は優しく微笑んでいた。 「来てみたら、本当に悠さん寝込んでるんだもの。驚いちゃった。」 「そう...ごめんね、迷惑かけて。」 差し出されたコップを受けとる。 頭はバカほど痛いし気持ち悪い。 熱で体も痛いし...正直飲みたいとは思わないが素直にコップに口をつけた。 それでもミネラルウォーターが喉を通ると、体が渇いていたことを思い知らされる。 「...ありがとう。もしかして一人で来たのか?」 空になったコップを手渡しながら問えば「ううん。」と小さく笑う。 「隼人くんが一緒。今ね、買い物に行ってくれてる。」 「そう...ほんと、ゴメンね。わざわざ来てくれてありがとう。」 「大丈夫。そんなことより、何か食べられそう?薬は?」 「ん、今はちょっと食べられない...かな。薬は昼に飲んだよ。...そこに。」 棚の上を指差せば、ナオちゃんはゆっくりと立ち上がった。 そうして服用回数等を確認すると、ニコリと笑いながら振り向いた。 「分かりました。じゃあ、夕食作ってくるから。少しでも食べて夜のお薬飲んでくださいね。」 「っ、ん...」 その柔らかい笑顔と言い方が蒼牙と似ていて。 まだ帰ってきていないのか... 熱でバカになった頭が、またあの寂しさを思い出させる。 「...もう少ししたら蒼牙帰ってくるから。だから安心して横になってて?」 俺の様子に気付いたのか、顔をクシャッと歪めナオちゃんが近づいてくる。 そうして横になった俺に「熱だけ計らせて下さいね。」と体温計を渡してきた。 その時玄関の鍵が開く音が聞こえ、同時に「ただいま~。」と聞き覚えのある声が届いた。 「隼人くん帰ってきた。熱計れたら、そこに置いといて下さいね。」 「ん...内藤くんにお礼言っといてくれる?」 「うん、分かった。」 布団の上から安心させるように優しくポンポンと叩かれ、クスッと笑いが溢れた。 まるで母親のようだとぼんやりと考える。 やがて部屋を出ていったナオちゃんが「もう、隼人くん。静かに!」と注意しているのが聞こえてきて、すっかりナオちゃんに頭が上がらないらしい内藤くんが可笑しかった。 ピピピ..... 小さく鳴った電子音。 取り出した体温計をみれば40.1℃と表示されている。 壊れてるだろ、これ.... 計り直すのも面倒くさくて、それを枕元に放った。 ゆっくりと目を閉じ痛む節々を撫でる。 それにしても... どうして蒼牙は俺が熱で早退したことを知っていたのだろう。 仕事に行っているあいつに連絡はしていない。 木内だってそんなことはしないはずだ。 なのにどうして... 『もう少ししたら、蒼牙帰ってくるから』 ナオちゃんの言葉を頭の中で繰り返す。 少しずつ薄れる意識の中で、蒼牙に会いたいと...それだけがハッキリしていた。

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