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看病3
side 蒼牙
最寄り駅から走ってマンションへと帰る。
「っと、ごめんなさい!」
途中ぶつかりそうになった男性に謝り、また走り出した。
仕事が終わりナオからのLINEをチェックすれば、心配していたことが現実になっていて。
どうして今日に限って結婚式の二次会だったのか。
普通に勤務であれば、なんとか理由をつけて帰ることも出来たのに。
エレベーターの中、走ってきた息を整えながら階数表示を見つめる。
ゆっくりに感じるエレベーターの速度。
時計を確認すればもうかなり遅い時間で、こんな時間まで二人が居てくれたことに感謝した。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「お疲れー、蒼牙。」
玄関を開き小さな声で言えば、リビングからナオと内藤くんが出てきてくれた。
視線を寝室の方に向けると「悠さん、今寝てるよ。」とナオが告げてきた。
「そっか。...ありがとう、二人とも。急にこんなお願いしてゴメンね。」
「ううん、全然。さっきね、少しだけお粥食べてくれたんだけど。かなり辛いみたいでまた眠っちゃった。」
「そう...」
ナオが説明してくれるのを聞きながら寝室の扉を静かに開ける。
室内は薄暗いが様子は分かる。
「.......よく眠ってるみたいだな。」
内藤くんの小さな声に「そうだね。」と返すとベッドに足を向けた。
肩まですっぽりと布団を被り小さく寝息をたてている。
熱で辛いのだろう、時おり眉が寄せられるその表情に胸が苦しくなった。
額に掛かった前髪をソッと指で払い、軽く頬に触れてみる。
感じた体温は驚くほど高くて....
「ただいま、悠さん...」
起こさないように囁く。
こんな状態でも俺に連絡をしてこなかったことに、悠さんらしいと思うと同時にもどかしく感じた。
...とりあえず二人にちゃんとお礼言って、帰ってもらわないと。
そう思い二人のもとに行こうと立ち上がりかけると。
クイッ...
服の裾を引っ張られ、驚き視線を向けた。
そこにはコートの端を握り俺を見上げる悠さんがいて。ジッと見つめてくるその瞳は熱で潤んでいた。
「そう、が...?」
「うん。ごめんなさい、起こしちゃいましたね。」
「そ、が...蒼牙...」
「...!!」
掴んできた手を握り返せば、悠さんは何度も名前を呼び瞬きをした。
潤んでいたと思った瞳から涙が溢れ枕へと吸い込まれていく。
「悠さん...苦しい?」
涙を指で拭いながら尋ねればゆっくりと首を振った。
「蒼牙...っ、帰ってきた...」
「っ、」
手を伸ばしながら、力なく...だけど嬉しそうに微笑むその表情にたまらない気持ちになる。
「帰りました...ゴメンね、遅くなって。」
覆い被さるようにして抱き締めれば、背中に回された手がギュッとコートを掴んできた。
耳に掛かる吐息は熱く、鼻を啜り静かに泣いている様子が愛しかった。
まさか泣かせてしまうなんて...ほんと、ゴメン。
自分が思った以上に寂しい思いをさせていたのかもしれないと、心の中で何度も謝った。
こんなことなら何としてでも帰れば良かった。
仕方なかったとはいえ悔やむ気持ちはどうしても沸き上がってくる。
やがて落ち着いたのか、大きく息を吐き出す悠さんから僅かに身体を離し瞳を見つめた。
まだ潤んでいるその瞳が綺麗で。
不謹慎だけど色っぽく見える。
「...キス、しても大丈夫ですか?」
「...うつっても知らないからな。」
頬を撫でながら囁けば悠さんは照れたように笑った。
その笑顔につられて笑えば熱い手が俺の顔に添えられる。
「おかえり、蒼牙...」
唇が触れる瞬間に囁かれたその言葉は、今まで聞いた『おかえり』の中で一番愛しく思えた。
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