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看病その後

side 蒼牙 悠さんが熱を出してから数日。 体調はすっかり良くなり、あの甘えたが嘘のように通常モードに戻っていた。 恥ずかしがるだろうと思い、あの時のことについては触れてはいないけど。 でも内心、たまには普段もあのくらい甘えてくれたら良いのに...とも思っている。 会社を2日も休んだことを取り戻すため遅くまで仕事をしているらしく、復帰してからの悠さんは帰りが遅い。 せっかく元気になったのにぶり返さないと良いけど... 人のことは甘やかすクセに自分には厳しい悠さん。 あの人らしいと言えばそうだが、病み上がりの体を酷使させるのは如何なものか。 「...また倒れたら俺が看病するだけだけど。」 ボソッと呟きながら風呂を洗う。 帰ってきたら温かいお湯に浸かって疲れを癒してほしい。 体が温もれば心も緩むから。 気を張って帰ってくる恋人を思い、小さく笑いが溢れたー。 冷蔵庫を開き眺める。 『今日も遅くなるから夕食は食べてろよ』と言われたが、悠さんが居ないとあまり食べる気にもならない。 でも食べていないと『ちゃんと食え』と怒られる。 そんなところも愛しいのだけれど。 簡単にお茶漬けを胃に流し込む。 そうしてリビングでゆっくりしていれば、玄関の鍵が開く音が聞こえた。 「ただいま。」 次いで聞こえてきた声。 正直驚いた。 もっと遅くなるだろうと思っていただけに、嬉しいサプライズだ。 「お帰りなさい。今日は早かったですね。」 「ん、木内が気をきかせてくれた。『病み上がりが調子に乗るな』だそうだ。もう平気なのにな。」 クスクスと笑いながら悠さんがネクタイをほどく。 その仕草が色っぽくて好きだ。 弛めたシャツの襟元...その白い首筋に視線がいってしまう。 「着替えてくる。」 「あ、待って。」 コートとネクタイを片手に寝室へと向かおうとするのを引き留め、抱き寄せる。 「...お風呂沸いてますから、ゆっくり入ってきて下さい。」 「ん、ありがとう。」 耳元に囁き悠さんの香りを胸に吸い込む。 鼻を擽る甘い血の香りに、思わず牙を立てたくなるのを我慢し腕をほどいた。 「...なぁ蒼牙、」 「なんですか?」 少し躊躇ったように言葉をきる悠さんを見つめる。 僅かに耳が赤い。 「...一緒に入るか?」 「え、」 まさかの言葉にとっさに返事が出来ないでいると、クスッと笑われた。 そうしてグッと引き寄せられると同時に、唇に感じる柔らかい感触。 「ん、...コート置いてくるから先に行ってろ。」 「...はい」 素直に返事をした俺にニッと笑ってみせると、もう一度重なる唇。 チュッ... 小さな音を響かせ離れていく温もりに、抱き締めたい衝動を抑えた。 「早く入れよ。」 そう言い残して寝室へと向かう悠さんの背中を見つめる。 パタン... 寝室の扉が静かに閉まる音を合図に、思わずその場にしゃがみこんでしまった。 何なの...なんであんなにカッコ可愛いいの... バクバクと鳴っている心臓。 落ち着け。 暴走するなよ、俺... 何度も自分に言い聞かせる。 やっと元気になった悠さんに無理をさせたくはない。 たけど...もしかして初めてじゃないか? 『一緒に入るか』なんて誘われたの。 ダメだ、ニヤける... 締まりの無くなった口許を押さえ、俺は浴室へと向かった。

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