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バレンタイン
side 蒼牙
「相変わらず...すげぇな。」
仕事を終えホテルの裏口から出ようとしたところで、内藤くんの若干呆れた声が背後から聞こえてきた。
その視線は俺の両手に注がれていて。
紙袋に入ったチョコレートの山に小さくため息を吐いた。
「んー...下さるのはありがたいけどね。皆さんイベントだから張り切ってるだけでしょ。本命がどのくらいあるかなんて分からないよ。」
「....お前、それ女の子の前で言うなよ。刺されるぞ。」
「言わないよ。言わないけど、こんなに貰っても困るんだよね。」
「かわいくねー。まぁ、俺もナオちゃんから貰えればそれで十分だけどな。」
「でしょ?俺も悠さんから貰えたら他はどうでも良いよ。」
「どうでも良くはないぞ?貰えるなら貰いたい。」
「あげようか?これ。食べきれないし。」
「いらねーよ!最低だな、お前!」
駅までの道のりを内藤くんと話ながら歩く。
2月14日。
バレンタインだかなんだか知らないけど、毎年この日は仕事を休みにしてもらいたいって言うのが本音だ。
名前も知らないお客さん。中にはチョコを渡すだけのために来店する女の子達。
全員に『ありがとうございます』とお礼を言って受けとるのも正直疲れる。
『好きです』と告白もされるが、その度に断って、泣かれて、彼女ってどんな人ですか?と聞かれて。
今日一日で痩せたんじゃないだろうか、というくらい精神疲労が半端無い。
「じゃーな。悠さんによろしく。」
「お疲れ様。」
駅で内藤くんと別れ、ホームに入ってきた電車に乗り込む。
深夜とあって座席は空いていて紙袋を足元に置いて座った。
ガタン...と走り出す電車の中、足元のチョコを見つめながらフッと笑いが溢れた。
『お前にやる。…バレンタインだからな。』
付き合いだして間もない頃。
そう言って手渡された悠さんからのチョコの味を今でも覚えている。
なんてことないコンビニのチョコだったけど、あれほど美味しいチョコを俺は食べたことが無かった。
きっとここにあるチョコはどれも高いのだろうけど。
だけど、あの日食べたチョコが俺には一番で。
数なんか関係ない。
大切な人から貰えたら、それが一番嬉しくて美味しいのだと。
悠さんを好きになって初めて知った。
「今年も準備してくれてるかな...」
ボソッと口をついて出たセリフに自分で恥ずかしくなる。
内藤くんに『貰っても困る』と言っておきながら、悠さんからのチョコはこんなにも期待している。
ほんと、どうしようもない。
バカみたいにソワソワとした気持ちを隠すように瞳を閉じた。
早く帰りたい。
帰って悠さんを抱き締めたくてたまらない。
俺が帰るのを待ってくれているであろう悠さんを思うだけで、胸が暖かくなっていくのを感じた。
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