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引っ掛かり

side 悠 「...........」 「...悠さん...幸せが逃げますよ?」 「え...」 照明が落とされた店内、落ち着いた色のアンティークのソファに深く腰掛けたまま声がした方に視線を向けた。 そこにはこの店のオーナーである外川さんが立っていて。 無意識のうちに吐いていたため息を指摘され、思わず苦笑した。 「ため息なんて珍しい....何かお悩みですか?」 グラスに入ったアルコールを俺の前に置きながら、外川さんが首を傾げる。 その仕草がどこか悩ましい...と感じるのは、俺が飲んでいるからだろうか。 程よい広さの店内。 一番奥に設置されているこのソファ席が、ここに来たときの俺の定位置になっている。 「悩み...というほどのことでは。すみません、大丈夫です。」 曖昧に笑って見せれば「そうですか?何かあったらいつでも聞きますからね。」と笑顔を向けられた。 その笑顔はとても柔らかくて。 彼の人のよさが表れたその笑顔にどこか安心する。 賑やかな繁華街から離れた住宅街に近い場所にあるこの店は、昼はケーキ屋、夜は隠れ家的なバーになる。 オーナーである外川さんは元々蒼牙の勤める店でシェフとして働いていたらしい。 独立して自分の店をかまえ、経営者としてプライドを持っている彼に個人的にとても好感を覚えた。 まぁ、俺達の関係を知っているとは思わなかったけど.... 初めて蒼牙に連れられこの店にやって来た日。 「この人が秋山の大切な人か。...はじめまして、秋山の元同僚の外川と申します。」 「え、」 微笑みながら言われ思わずフリーズした。 「ごめんなさい。話したっていうか、ケーキ作りでバレました。」 隣で蒼牙が謝るのに、ああ...と思い至った。 「秋山、本当に一生懸命で。だから会ってみたいなと思っていました。...いらっしゃいませ。」 「こちらこそ、ありがとうございました。ケーキ美味しかったです。」 差し出された手を握り返しながら言えば「それは良かった。」とフワリと微笑まれた。 綺麗な表情と物腰の柔らかさ。 その中性的な見た目と独特の雰囲気に、少しだけドキッとさせられる。 「...外川さん、悠さんにまで色目使わないで下さい。」 「ああ、ごめんごめん。ついね...かなりタイプだったから。」 「ついって、悠さんは俺のです。ほんと油断できないんだから...」 俺の肩を抱き寄せながらクスクスと笑う蒼牙が少し珍しい。 牽制すると言うよりかは信頼を置いているからこそのやり取りなのだろうと、フッと笑いが溢れた。 「何ですか?」 「いや。お前、内藤くん以外にもちゃんと友達いたんだな。」 「.....います、よ?」 「なんで疑問系なんだ。」 「いや、別に...」 「あっははははは!確かに秋山ってバカほどモテるくせに、友達は少ないよね。うん、当たってる。」 「外川さんは黙っててください!」 「はいはい。では、こちらにどうぞ。」 笑いを堪えながら外川さんが席を案内してくれる。 その後ろに続こうとすれば「なんだろう、この『寂しいやつ』扱い...」と呟く声が聞こえて。 いつもとは違う蒼牙の様子に笑いながら、案内される席へと向かったー。 「で?何を悩んでいるんだ?」 酔いが程よく回り、氷の溶けたグラスをゆらゆらと揺らしていれば向かいに座っていた木内に声を掛けられた。 「お前まで。別に悩んでなんか無いんだけどな...」 アルコールで火照った身体をソファに預け天井を見上げた。 ゆっくりと回るファンを見つめていると、余計に酔いが回るようだ。 悩んでなどはいない。 それは本当。 ただ...少し引っ掛かっているだけだ。 「秋山か?」 木内の言葉に身体がピクッと反応してしまった。 ゆっくりと身体を起こし木内を見つめれば、ニヤニヤとしていて。 「やっぱりか。お前がそんな風になるなんて、アイツしかいないもんな。」 「...顔が笑ってるぞ。」 「そりゃニブチンのお前が恋の悩みとか、面白いに決まってる。」 悪びれもせずそう言うと、長い足を組み替えながら木内はチラッと横を見た。 その視線の先では外川さんが接客をしていて。 「...凛も気にしてるしな。聞いてやるから話せよ。」 「............」 『凛』とファーストネームを親しげに呼ぶその様子に、こっちこそ色々と聞き出したい気持ちになる。 「俺の話はまた今度な。今はお前のが先。」 俺の思考を読んだのか、そう言って俺に向き直ると木内はニッと笑った。

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