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冷や汗

「お帰り、秋山。」 「かえりました...メールありがとうございました。」 「気にしないで。ゴメン...悠さん、潰れちゃった。」 店内に入るとすぐに外川さんが出迎えてくれ、申し訳なさそうに肩を竦めた。 『悠さん、うちで飲んでるから。』 美波さんと別れてすぐにチェックしたスマホに、そうメールが届いていた。 電話は悠さんからだったが、俺が出なかったから外川さんがメッセージを送ってきてくれたのだろう。 「潰れてるんだ。大丈夫、タクシーで帰りますから。」 笑ってそう伝えソファ席へと向かった。 店の奥、いつもの席には木内さんが座っていて。 その向かい側のソファには、体を丸めて横になった悠さんの姿があった。 「...わりぃ、ちょっと飲ませすぎた。」 「みたいですね、よく寝てる。」 ケラケラと笑いながら悠さんを指差す木内さんも相当な量を飲んでいるのだろう。 テーブルの上には空になった赤ワインとウイスキーのボトルとグラス。 完全に落ちているのか、悠さんはピクリとも動かなかった。 「悠さん、」 「あー...まて、秋山。」 起こそうと肩に手を置いたところで止められた。 どうしたのかと振り返れば、真剣にこっちを見ている木内さんと目が合う。 「何ですか?」 「...んー、どう言えば良いかな。」 「はい?」 頭をガシガシと掻く様子に首を傾げれば、困ったように笑われた。 「まぁ、俺が口を出す事でも無いんだが。...篠崎をあんまり不安にさせるなよ。」 「え、」 言われた言葉に一瞬固まる。 不安に... させてない、とは言えなかった。 昨夜の俺の様子を悠さんが気にしていない訳がない。 あの時、本能と感情が暴走しそうだった自分があまりにも情けなくて。 静かに受け入れてくれた悠さんに甘えてしまった。 「すまん、篠崎から色々聞き出した。」 「いえ...俺の方こそ、すみません。」 手を顔の前にかかげ謝ってくるのを止める。 木内さんが謝ることなど何もない。 俺の行動で悠さんを不安にさせてしまったのだから。 「帰ったらきちんと話します。本当に...ありがとうございます。」 深く頭を下げ礼を伝えれば「おー。じゃ、その酔っぱらいよろしくな。」と笑われたー。 外川さんが呼んでくれたタクシーに悠さんを乗せ隣に乗り込む。 膝で眠っている悠さんの頭を撫でれば、気持ち良いのか「ん....」と小さな声が聞こえた。 可愛い... ゆっくりと撫で続けていれば、うっすらと瞳が開いた。 「....そ、が...?」 アルコールで掠れた声で名前を呼ばれ、少しだけ心臓が跳ねた。 まるで情事の最中のような声。 ただ名前を呼ばれただけなのに...こんなにも愛しい。 「目が覚めましたか。もう少しでマンションですから、それまで寝ていても良いですよ。」 ゆっくりと身体を起こす悠さんに言えば、フルフルと頭を振る。 離れた温もりが少しだけ寂しい。 「...........」 「...大丈夫ですか?」 額を押さえたまま、何も言わずじっとしているのが心配になり顔を覗き込めば。 「...!!」 伸びてきた手に胸ぐらを掴まれ引き寄せられた。 同時に感じる柔らかい唇の感触。 「ん...」 悠さんの小さな声と吐息にカッと身体が熱くなる。 一度離れペロッと下唇を舐めると、またゆっくりと重なってきた。 「悠さん...」 チュッ...と音を響かせ離れる唇を追おうとすれば、グイッと押し戻された。 「...もっとキスしたければ、ちゃんと説明しろ。」 「......はい。」 どこか目が座っている悠さんに、少しだけ背筋が凍ったー。

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