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視線
side 蒼牙
アルコールの香りがする吐息を奪う。
キスは禁止されていたけど、悠さんが妬いてくれたことが嬉しくて。
不安にさせたことは申し訳ないが嬉しい気持ちの方が強かった。
「ン...ごめんなさい、我慢できませんでした。」
「..........」
柔らかい唇を解放し告げればフイッと視線を反らされた。
怒っているわけではない...ということは耳まで赤く染まったその表情で分かる。
「...昨日ね、オーナーから説明あって。」
「...ん」
ゆっくりと身体を離し悠さんの隣に座り直す。
指先に触れた手をキュッと握れば同じだけの力で返される。
正直、昨日のことを考えると気が重くなる。
だけど悠さんを不安にさせるわけにはいかないから。
瞳を閉じ小さく息を吐くと、昨日からのことを話していったー。
「と言うことで、来月からオープンする店で働くことになったスタッフのメンバーがこの5人だ。」
オーナーからの一通りの説明の後、紹介された一人一人が挨拶をしていく。
それにこちらも丁寧に返していれば、やけに強い視線を感じ顔を向けた。
「....っ、」
俺から一番離れた位置に立っていた新規メンバーの一人、女性と見間違えるほどに綺麗な顔をした男性と目が合う。
今まで様々な視線を受けてきたし、慣れていたと思っていたが...彼が送ってくる視線は感じたことのないものだった。
なんだ...この体に走る感覚。
視線だけでこんな居心地の悪さを感じるとは思えない。
まさか...
「はじめまして、美波卓也 です。皆さんよろしくお願いします。」
当たり障りのない挨拶をする美波さんを見つめた。
すらりとした手足と細いが均整のとれた身体。
背中まで伸ばされた長い髪。
白い肌と高い鼻梁....美しく、日本人離れしたその顔には微笑みが浮かべられていた。
「なぁ蒼牙。...あの人、男か!?」
隣に立っていた内藤くんが小さな声で聞いてくる。
「どう見ても男でしょ。」
「えぇぇ、女の人に見えるけど。そっか、やっぱり男か。」
驚いたようにブツブツと呟く内藤くんをクスクス笑っていると、オーナーの解散の声が響いた。
それぞれが持ち場に戻ろうとする中、美波さんがゆっくりと俺に近づいてくる。
「内藤くん、先にホールに出ててくれる。」
「ん?...了解。」
視線は美波さんに向けたままそう告げれば、少し不思議そうにしながらも内藤くんはホールに向かってくれた。
「......へぇ。やっぱり。」
側まで来ると、俺を見上げながら愉快そうに瞳を歪める。
その愉しそうな表情にザワリと背筋に走るものを感じた。
さっき感じた居心地の悪さが強くなる。
同時に...本能的に理解した。
この人は、
「秋山くん、だっけ?....キミ、俺と同じだね。」
『人』を惑わす微笑みと血の匂い。
俺は初めて、身内以外の『吸血鬼』と出会ったー。
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