326 / 347

ロビー

時計を確認する。 呼び出されていた時間になりロビーに降りてみれば、中庭が見える大きなガラス窓の側に設置されたソファに美波さんが座っていた。 「.............」 声を掛けるのを躊躇ってしまう。 俺が来ていることに気づいていないのか、中庭に視線を向けたままジッと動かないその姿にどこか寂しそうな空気を感じた。 綺麗なその横顔はまるで彫刻のようで。 ホテルの利用客もいる中で、まるでそこだけ時間が止まっているかのようだ。 暫くその様子を眺めていると、ゆっくりと美波さんがこちらを向いた。 『おいでよ』 俺を見つけると同時に、視線でそう語ったのが分かる。 小さくため息を吐きながら一歩を踏み出し席へと向かった。 「何か飲む?」 向かい側に腰掛けた俺に小さなメニューを差し出しながら美波さんは微笑んだ。 その笑顔に少しだけ頭が混乱する。 昼間に見せた、あの何を考えているのか読めない...得たいの知れない気持ち悪さを感じない。 むしろ好意的な笑顔。 「いえ、大丈夫です。...話って何ですか?」 この人のことがますます分からない。 戸惑いながら本題に持ち込めば、クスッと笑われた。 「そんなに急がなくても。来てくれたんだから内藤くんには何もしないよ。」 そう言ってゆっくりと背凭れに身体を預けると、面白そうにジッと見つめてくる。 その眼差しに居心地の悪さを感じつつも、俺も視線を反らすことなく真っ直ぐに見据えた。 敵意が有るわけではない。 だけど、好意ともまた違う瞳。 「....ほんと、そうやって見つめ返してくるところとか。よく似てる。」 「え...?」 「何でもないよ。」 どこか懐かしむように言われ思わず聞き返せば、笑ってかわされた。 「で、本題ね。」 「.........」 長い足を組み肘掛けに頬杖を着くと、美波さんは意味深に笑った。 「秋山くんさ、俺と組まない?」 「.....は?」 言われた意味が分からない。 この人と組む? どういう意味だ...? 「...あなたと何をするって言うんですか。」 いつの間にか昼間と同じ雰囲気に変わった美波さんに、警戒した声が出てしまう。 「そうだね、口で説明するよりもこっちのが早いかな。...ちょっと着いてきて。」 そう言って立ち上がると、美波さんは俺を促して歩き始める。 自分本意に話を進められていて。 どこかスッキリしない気持ちを抱えながらも着いていけば、レストルームへと入っていく。 「...っと、すみません。」 ちょうど出ていこうとした男性客が美波さんとぶつかりそうになり、慌てて扉を押さえて謝った。 その若い男性は美波さんを女性と間違えているのだろう。 男性トイレへと入ろうとした彼に少し驚いた表情をしていた。 「どうも...お一人ですか?」 「え...あ、はい」 足を止めた美波さんがそっと手をその男性の胸に添え問う。 途端に顔を赤らめ返事をする男性の答えを聞くと、綺麗に微笑んで見せた。 そのあまりにも綺麗な...妖しく、どこか冷たい微笑みに背筋に寒気が走った。 そして一気に理解する。 「待て....!!」 グイッ! 俺が声を発したのと、美波さんが男性を引き寄せ首筋に顔を埋めたのとは同時だったー。

ともだちにシェアしよう!