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相互の欲望(※流血表現あり)

side 悠 握られていた手にグッと力が込められる。 側でゆっくりと語る話の内容に、回っていた酔いが覚めていった。 あの人が吸血鬼... 女性と見間違うほどの美貌の理由に納得すると同時に、他人の血を吸う行為を『遊び』と思っていることにどこか悲しさを感じた。 「寂しい人だな...」 「え...?」 思わず吐いて出た言葉に、蒼牙が俺を見つめた。 驚いたようなその表情がどこか幼く見える。 「寂しい...ですか?」 「ん、失礼かもしれないけどな。でも....そうやって遊びで人の血を狙うってことは、彼がまだ唯一の存在に出会えてないってことだろ?」 「............」 「『遊び』としてしか人を見られないってことは、やっぱり寂しいと思うよ。」 「.....はい」 かつて雛森さんが同じようなことを言っていた。 彼は『人間が嫌い』と言っていたが...美波さんはどうなのだろうか。 人の血を吸うことが楽しいのは、人間が嫌いだからなのだろうか.... 「...唯一の存在に出会えたからって人の血を求めなくなるかっていうと、それは別問題なんだろうけど。それでも話を聞いている限り美波さんには『ただ一人』って存在が居ないんじゃないかって...勝手な憶測だ。」 「...........」 ゆっくりと言葉を選びながら告げる。 黙ったまま、俺を見つめる蒼牙の顔にソッと手を伸ばした。 蒼牙はもともと人の血を飲まなかった。 けど、俺の血だけは『欲しい』のだと言う。 蒼牙自身まだ躊躇いを感じている...その吸血鬼としての本能を向けられることが嬉しいと思う。 吸血鬼の欲求がどんなものなのかは分からないが、美波さんも本当に愛しい人に出会い、その血を飲めば何かが変わるのではないだろうか... 「........そうだと良い。」 「悠さん?」 ポツリと溢れた言葉に蒼い瞳が僅かに揺れた。 ...綺麗だな 素直にそう思う。 この瞳が俺を写していることが誇らしい。 「...お前は、俺が『唯一』だろ?」 「もちろんです。」 自惚れだと笑われるような言葉をぶつける。 迷いなく答える蒼牙の言葉に満足し、そして抱き寄せた。 「俺もお前がいればそれで良い。彼にもこんな風に思える相手が見つかれば...そうすれば、少しはお互いを理解できるんじゃないか?」 「.......はい。」 腕の中に閉じ込めた大きな身体を強く抱き締める。 ゆっくりと背中に回ってきた腕が同じように力を込めてくる。 その心地よい締め付けに大きく息を吐き、形のよい耳に口付けた。 一瞬身体を震わせる蒼牙が愛しい。 こんな感情、蒼牙と出会わなければ知ることがなかっただろう。 だからこそ...ちゃんと伝えたいことがある。 「...蒼牙」 抱き締めたまま名前を呼べば、蒼牙はゆっくりと顔を上げた。 その顔を見つめ至近距離にある額にキスを落とす。 「吸え」 「っ!」 唇を押し当てたまま、一言端的に伝えると蒼牙が息を飲むのが分かった。 「お前さっき言ってたな。『一方的で醜い欲望』って。」 「....はい」 僅かに身体を離し、真っ直ぐに瞳を見つめる。 戸惑ったように揺れる蒼い瞳。 それでも逸らされないことに安堵した。 「自分が吸血鬼であることを否定するな。言っただろ...『お前が吸血鬼だろうと、人間だろうと、犬だろうとなんだって構わない』って。忘れたのか?」 「悠さん...」 蒼牙が自身のことを告白してきたあの日。 そのとき伝えた言葉を繰り返す。 情けなく顔を歪める蒼牙に微笑んで見せると、言葉を続けた。 「あの日から俺の気持ちは何一つ変わっていない。お前が側に居てくれるなら...それで十分なんだよ。一方的なんかじゃない。俺だって蒼牙を求めてる...お前が抱く感情も欲望も、全て俺のものにしたい。」 「.......ッ」 揺れていた蒼い瞳に涙が溜まる。 それを隠すように、もう一度強く抱き締めた。 そうして後頭部に手を回し、引き寄せながら首筋を晒す。 「...だから、吸え...」 そこまで伝えたところで、首筋に熱く柔らかい唇が触れた。 チュッ... 優しく吸われる擽ったい感覚。 それとは別に、濡れた感触が肌に触れ...心が震えた。 「ありがとう、悠さん。本当に、ありがとうございます....」 「...ン、」 耳元に囁かれる小さな声。 次いで首筋に走ったビリッとした痛みに僅かに声が漏れた。 「蒼牙...」 首筋に吸い付く、愛しくて堪らない『吸血鬼』の名を呼ぶ。 ゆっくりと後頭部を撫でれば強く抱き締め返された。 例えこれが『醜い欲望』だとしても、 全て俺のものだ... 鼻を擽る己の血の匂いに蒼牙が満たされていることを願う。 首筋に感じる熱がじわじわと広がり、酔いそうなほどの甘美な感覚が襲ってくる。 そして、それに伴って遠退いていく意識。 「悠....愛してる...」 呟かれた言葉に閉じかけた瞳を開く。 そこには唇を赤く染め、熱の籠った瞳で俺を見つめる蒼牙がいて。 僅かに目尻が赤いことに胸が締め付けられた。 「..お..れ、も....」 最後に自分が笑えたかどうか分からない。 けれど、蒼牙が艶然と微笑んでいるのだけは分かった。 やがてまた顔を埋めてくる蒼牙の吐息を首筋に感じながら、俺は完全に意識を手放したー。

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