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痕跡
side 蒼牙
やっと休憩に入れる...
週末の忙しい夜。
カップルや家族連れで賑わう店内を抜け、スタッフルームへと入った。
ロッカーからスマホを取りだし椅子に腰かける。
『今日は後輩と食事に行くから』
出勤前にそう言っていた悠さんを思いだし、今ごろ食事を楽しんでいるのだろうかと小さくため息が溢れた。
後輩と食事に行くことにすら妬くんだから...ほんと、大概だ。
心の狭い自分に呆れつつスマホの画面をタップすれば、着信履歴のランプが光っていた。
悠さんからだ...
表示された名前に自然と顔が綻んだ。
俺が仕事している時に電話をかけてくるなんて珍しいことで、妬いていた心が少しだけ軽くなる。
もっと早く休憩に入れていたら出られたのに...そんなことを考えながら急いで折り返し、呼び出し音を聴く。
.......?
「出ない。どうかしたのかな...ん?」
暫くコールしても繋がらないことに首を傾げつつ電話を切り、留守電が入っていることに気付いた。
「........ッ!」
ガタッ、ガタン!!
聞こえてくる愛しい声に暖かい気持ちになったのは一瞬で、内容を聴いたと同時に体が動いた。
立ち上がった勢いで引っくり返った椅子が大きな音をたてるが、それを直す余裕すらなかった。
「どうかしたのか?」
「ごめん。俺、行かないと!」
「ちょ、蒼牙!?」
ちょうど休憩に入ってきた内藤くんに一言告げ、俺は部屋を飛び出したー。
着替えもせずに街を走り抜け店へと向かう。
途中、悠さんに電話をかけてみたが繋がらない。
その事が俺の不安をどんどん大きくしていく。
姉妹店である『Riunione』に来るのは、美波さんと一緒に制服の受け取りをしたあの日以来で。
息を切らしながら見つめた店内は明るく、来客で賑わっているのが外に居ても伝わってくる。
お願いだから出て下さい...
祈るような気持ちでもう一度電話を鳴らす。
走って汗をかいている体とは対称的にスマホを握る指先が冷たい。
ヴー...、ヴー...
「....ウソだろ、」
何処からともなく聞こえてくる振動音に視線を向け、渇いた声が洩れた。
ヴー...ヴッ、、、、、
鳴らしていたコールを切れば同時に静かになるそれ。
見覚えのあるスマホを拾い上げ...愕然とする。
そうして視界の端に入ってきた、積み上げていたのであろうケースの散乱と割れた瓶。
ゆっくりそこに近づけば、あまりにも覚えのある香りが漂っていて。
「...........」
足元に視線を向け怒りで身体が震えた。
数滴の赤黒い染み。
間違えようがない。
甘く芳醇な香りを放つそれは、確かに悠さんの血だったー。
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