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美波
side 美波
ベッドに腰掛け、そこに眠る男の顔を見つめる。
黒くサラサラな髪、シャープな顎、高すぎない通った鼻筋、今は閉じられているが意思の強そうな瞳。
この男が秋山くんの恋人か...
乱れた前髪を指先で払う。
現れた額にはうっすらと汗が滲んでいて、体温の高さが彼の血の香りをいっそう濃いものに変えていた。
きっちりと絞められていたネクタイを抜き取り、シャツのボタンを外す。
晒された首筋には確かな吸血痕。
それを確認して口の端が上がる。
『ふざけん、な...』
薬を盛られフラフラの身体だったにも関わらず、そう言って睨んできた彼にゾクゾクした。
旨そうな血の匂いと怯まない瞳の強さ。
その両方に吸血鬼として、そして男としての欲が疼いた。
嫌がる身体を組み敷き快楽に落とす。
そうしてこの白い首筋に牙を立てれば、どれ程満たされるだろうか...
ゴクッと喉が鳴る。
右腕のケガから流れていた血はここに連れてくる間に止まっていた。
寝ている間に血を吸うのも悪くはないが、それでは意識を回復するのがいつになるか分からない。
...知りたいことがある。
『話がしたいだけだよ。』と彼に告げたのは嘘なんかじゃない。
『人間』の癖に『吸血鬼』と共に生きていこうとする。
その心理に興味があった。
キスマークなんて可愛いもんじゃない。
痛々しいほどに鬱血した牙の痕。
こんな痕を付けられ、食われている事実を受け入れている。
そこに恐怖が生まれても、愛などという感情が生まれるとは思えない。
少なくとも俺は知らない。
吸血鬼を受け入れる人間の存在なんて。
両親共に吸血鬼で人間に対する愛情なんてない環境の中、ただの餌か性欲の捌け口としてしか見ていなかった。
『異種を忌み嫌うのが人間』
それが正しい認識だ。
人間に惹かれた吸血鬼がどんな末路を辿るのか...さんざん聞かされ、そしてこの目で見てきたのだから。
そう、アイツのようにー。
「.....ん...」
小さな呻きにハッとする。
見つめていた顔が僅かに動き、睫毛が震える。
「おはよう、悠さん。」
「...っ!」
ゆっくりと開いた瞳が大きく見開かれる。
そこには微笑む自分の姿が映っていたー。
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