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怒り

side 蒼牙 レストランで聞き出した美波さんの住所に全速力で走る。 時折道行く人とぶつかりそうになるが、謝るのもそこそこに彼の自宅を目指した。 そうしてたどり着いたマンションのエレベーターの中で、息を整えながら祈るような気持ちで階数表示を見つめる。 割れた瓶や散乱したケースの数々、そして何より間違えようの無い悠さんの血の痕。 連れ去られた痕跡を思い出すとどす黒い感情が沸き上がる。 割れた瓶で切ったのだろうか、それとも彼に何かされたのか、、、 あの場で漂っていた血の香りが俺の焦りを大きくした。 どうか、どうか無事でいて… 目的の階に到着し開いていく扉。 それが開ききる前に飛び出し、美波さんの部屋へと向かった。 「ここだ。」 部屋番号を確認してドアノブに手を掛ける。 ガチャ… 当然鍵が掛かっているそれに、チッと舌打ちが洩れる。 インターホンを鳴らすか…逡巡したその時、 「やめ…!」 中から聞こえてきた声に、考えるよりも先に体が動いた-。 鍵を壊し飛び込んだその先。 室内に充満する悠さんの香りと目の前に広がる光景に自分の中の何かが切れた。 「….!!」 悠さんに覆い被さるようにして乗り上げていた彼の肩を掴み、力任せに引っ張った。 ガタッガタンッ!! 大きな物音と共に、美波さんの体がベッド脇のテーブルにぶつかる。 「蒼牙…」 見上げてくる悠さんの目が大きく見開かれ、次いで柔らかく歪められる。 「…っ、」 安心させたくて声をかけようとして…失敗した。 ネクタイで両手をベッドに縛られ身動きできない身体、 抵抗し乱れた髪、 僅かに赤らんだ頬、 肌蹴たシャツ、 そして…腕に滲んだ赤い血、、、 「乱暴だな、痛いじゃない。」 後ろから聞こえてくる美波さんの声に、肩がピクッと震えた。 -------絶対許さない 「…遅くなってごめんね、少しだけ待ってて。」 頬を優しく撫で微笑んで見せると、ゆっくりと振り返る。 「あんた…一体何をした。」 怒りで沸騰している頭とは別に、自分でも驚くほど冷たい声が出る。 床に座り込む体に一歩近づきその胸倉を掴めば、不敵に笑う目と視線が合う。 「まだ何も?しようとしたら君が来たから….っつ!」 残念そうに呟く彼の頬を拳で殴る。 バキッと嫌な音と手に伝わる衝撃。 これほど本気で他人を殴ったのは初めてで、それでも治まらない怒りにもう一度拳を振り上げた。 「止めろ蒼牙!!」 「ッ!!」 室内に厳しい制止の声が響く。 振り下ろそうとした拳を咄嗟に止め、振り返る。 「蒼牙、俺は大丈夫…...だから、止めろ。」 「………でも、」 「うん、大丈夫だから。」 落ち着かせるように繰り返される穏やかな声と、横たわったまま見つめてくる瞳。 正直、まだ殴り足りない。 殺意にも似た怒りで我を無くしそうだ。 だけど… 諭すように語りかけてくるその姿にグッと息を飲み、握っていた拳から力を抜いた。 「今ほどくから…」 美波さんから手を放し、ベッドに横たわる悠さんへと近づく。 そうして縛られているネクタイへと手を伸ばすが、固く結ばれたそれは上手くほどくことができない。 「…ごめん、切るね。」 「ん、」 待たせたくなくてそう告げると室内を見回し、見つけたハサミを手に取った。 ジャキッ… 一か所切ればあとは自然とほどけていくネクタイ。 それを取り外し、悠さんの身体を抱き起した。 「悠…」 「ん、ありがとう。」 強く抱きしめれば、背中に回された腕に同じように力が込められる。 温かい身体にホッと息を吐きだし、こめかみに唇を寄せた。 「…あ~あ、せっかく何か分かりかけたのに。」 それまで沈黙を守っていた美波さんの呟きがポツリと落ちる。 抱き締める腕はそのままに視線だけをそちらに向ければ、困惑したような表情でこちらを見る瞳と視線が絡んだ。 「秋山くんも、そうやって人間を選ぶんだね…アイツみたいに。」 「………」 美波さんの言葉に眉が寄る。 『アイツ』と呼ばれた人物。 出会った時からそうだった。 『そうやって見つめ返してくるところとか、よく似てる。』 『どこか似てるんだよね、アイツに。顔の作りもだけど、特に髪が。』 そう何度も見知らぬ誰かと似てると言われた。 今もまた、こうしてその『誰か』と比べられている。 その人物がこの人の人生に何か大きな影響を与えていたことは確実で、それが原因で今回悠さんを連れ去ったのであろうことも想像できた。 でも正直、パートナーだったという吸血鬼と自分を重ねられるのは不快だ。 「…あんたが俺とその人を重ねるのは勝手だけど、」 「え…蒼牙?」 抱き締めていた手をほどき、ベッドに置いていたハサミに手を伸ばす。 そう、重ねるのは勝手だ。 だけど... 「だけど、その人と俺は同じじゃない。」 「なっ…!」 「!!!」 ジャキン…! 室内に響くハサミの音と、悠さんの小さな叫び。 美波さんが息を飲む音。 ゆっくりと手を差し出し、握っていたそれを落とす。 「……やってくれるね。」 床に散らばった俺の髪を見つめ、美波さんは小さく笑ったー。

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