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怒り2

side 悠 目の前で起きたことに言葉を失った。 パサッ... 縛るものが無くなったゴムが渇いた音をたてベッドに落ちる。 「...悠、帰ろう。」 握っていた自分の髪の毛を床に落とすと蒼牙はゆっくりと振り返り微笑んだ。 不揃いな髪が頬に掛かり僅かに蒼牙の表情を隠す。 それが鬱陶しかったのか小さく顔を振る姿に強張っていた手を伸ばした。 短くなった髪を指で払えば蒼い瞳と視線が絡んだ。 「な、んで...髪...」 指が震える。 自分が襲われたことよりも、今目の前で起きた現実のほうがショックが大きかった。 「ん?だって、知らないやつと重ねられるなんて迷惑だ。」 そう言うと俺の身体の下に手を差し込み、一気に抱き上げられた。 「あんたにどんな過去があるのかは知らないし興味ない。けど、これ以上悠に何か危害を加えたら...その時は殺す。」 「............」 美波さんの横を通りすぎながら冷たい声でそう言い放つ。 『殺す』なんて言葉、蒼牙の口から聞いたのは初めてで。 それだけ怒っているのが伝わり背筋に冷たい汗が流れた。 「蒼牙...」 いつも柔らかく微笑む蒼い瞳が今はあまりにも鋭くて、怒りを無理矢理抑えたその顔を両手でソッと挟んだ。 目元に口を寄せ、チュッと吸い上げる。 「...大丈夫、大丈夫だから」 だからそんな言葉を使わないで欲しい。 いつもの犬のようなコイツに戻って欲しい。 思いを込めて落ち着かせるように耳元に囁けば、スリッと顔を擦り寄せてきた。 「悠...」 「うん、心配させてごめん。ありがとうな...」 抱き上げてくる腕に力がこもる。 肩口で名前を呼ぶ声が僅かに震えていて、どれだけ蒼牙が心配したのかが分かる。 「...帰ろう、俺達の家に。」 「.........」 ゆっくりと頭を撫でれば無言で頷く。 そのどこか子供のような仕草にホッと息を吐いた。 部屋を出ていく間際、美波さんがその場にゴロンと転がるのが視界に入った。 「ハ、、、ハハハハ...!」 扉の向こうから聞こえる小さな笑い声。 その渇いた笑い声がやけに悲しく...けれどどこかスッキリとしているように感じたー。

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