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怒り3
side 蒼牙
大通りでタクシーを拾い乗り込む。
僅かに息が荒い悠さんの肩を抱き寄せそのこめかみに口付けた。
「悪い···何か、薬飲まされたみたいで···」
「ん、大丈夫。マンションまで少し寝て。」
安心したように小さく頷きぐったりと身体を預けてくるのに、また新たな怒りが沸き上がる。
悠さんに止められて何とか耐えたけど···やっぱりもう一発殴っておけば良かった。
だけど本当は。
それ以上に自分自身に腹が立っている。
今回の一連のことを考えれば、彼が悠さんに何かしらアクションを起こすことは十分考えられたことだ。
それだけの能力と冷酷さを持った男だと分かっていたのに、易々と悠さんを危険な目に遭わせてしまった自分の詰めの甘さに憤っている。
「·········」
瞼を閉じたまま預けてくる頭をゆっくりと撫でる。
まるで甘えるように擦り寄ってくるのが愛しくて、それと同時に申し訳なくて。
悠さんは『ありがとう』と言ってくれたが、俺がもっと彼に警戒していればこんな目にあわなくてすんだのではないか···そんな風に思ってしまう。
ごめん···
口に出せば『謝る意味が分からない』と笑われるだろうから、心の中で何度も謝る。
唇に触れる髪
繰り返される呼吸
肩に感じる重さ
愛しい身体を抱き寄せたまま静かに瞳を閉じた。
こんな目にあっても、この人は優しいから。
きっと美波さんのことも許すのだろう。
拐われ、怪我を負わされ、血を吸われそうになっても···それでも彼を許すのだ。
「···それが悠だから」
「何か言ったか···?」
思わず口をついて出た言葉に悠さんがゆっくりと目を開く。
そうして起こそうとする身体をグッと抱き寄せ、微笑んで見せた。
「何でもないよ。だから離れないで。」
「ん···なぁ蒼牙」
「うん?」
頭を預け直すと、悠さんが小さく呟いた。
「帰ったら、その髪綺麗に揃えてやるからな。」
「······え、···」
「蒼牙?」
言葉を失った俺を悠さんが呼ぶ。
その声にハッとした。
「···ありがとう」
薬を盛られて身体が辛いだろうに。
そんな時でも俺のことを気遣ってくれる悠さんに、もう一度「ありがとう···」と繰り返したー。
「うわ!どうした、その髪!?」
「え?おかしいかな?」
「いや、似合ってるけど!ビビった!」
スタッフルームで顔を会わせた内藤くんが大きな声を出す。
昨日帰ってから、悠さんは本当に髪を揃えてくれた。
『とりあえず見られるけど、仕事帰りにちゃんと切りに行けよ。』
なんて言っていたけれど、鏡を見て『行かなくて良いだろ』と思うほどに綺麗に仕上げてくれていた。
「イメージチェンジだよ。もうずっと長かったし。」
「へぇ。うん、健全に見えて良いんじゃないか?似合ってるし。なんか別人みたいで一瞬誰か分からないけど。」
「···褒められた気がしないんだけど、それ。てか、俺は健全だよ。」
「は?え、あ、うん、まぁそれは置いといて、褒めてる褒めてる!」
不満気に言えばケラケラと笑う内藤くんに笑い返し、ロッカーを閉めた。
ネクタイを真っ直ぐに正し、気持ちを切り替える。
「行こうか。」
「おう、今日も頑張ろうな!」
元気よく応えてくれる内藤くんの声に気持ちが明るくなるようだ。
仕事が終わったら美波さんに会いに行こう。
このままじゃダメだ。
ちゃんと向き合って話し合おう。
彼がしたかったことを理解するためにも···そして、二度と悠さんを巻き込まないためにも。
大きく息を吸い込みそう決心したー。
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