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過去
side 美波
アイツが居なくなってもう何年になるのか。
仁とは兄弟のように育った。
❮『人間』は餌❯
その共通理解もあり、仁とはゲームのように人を狩って遊んでいた。
別に殺す訳じゃない。
如何に人を誑かしバレないように血をもらうか。
時には共有し、時には競いながら過ごす日々が楽しかった。
罪悪感なんて感じることなんてなかった。
だけど大学に入った年、仁は変わった。
「俺な、遊びで人間狩るの止めるわ」
思いもよらない言葉に眉が寄った。
「なんで?」
「···バイト先にさ、可愛いこいるんだわ」
「へぇ···」
「その子に誤解されるの嫌じゃん?」
そう言って仁は照れたように笑った。
まさか❮餌❯だと思っていた人間にコイツが惚れるなんて。
有り得ないという気持ちが半分、幸せそうに笑う仁を応援してやりたい気持ちが半分。
そして···そこに上乗せされるのは『羨ましい』という感情。
❮誰か❯を好きになったことなどない俺にとって、仁の初恋は眩しくて。
あの手この手でバイト先の女の子を口説く姿が可笑しくもあり、微笑ましくもあった。
仁から『彼女と付き合うことになった』と聞かされた時には一緒に酒を飲んで祝った。
だけど···そんな中であの出来事が起きた。
これまで腹は空いてなくても人間を襲ってきたのだ。
いくら我慢したって、美味そうな人間の血を前にしたら本能が叫ぶ。
ーー『吸え』とーー
仁もそれに抗えなかった。
バイトが終わり待ち合わせていた俺と合流した仁は、一人の女性を襲った。
それを止めるつもりも否定するつもりも俺にはない。
『吸血鬼』なのだから当然のことだと思った。
でも仁は違ったのだろう。
眠った女性を腕に呆然としていた。
そして···
「ねぇ···何してる、の···?」
そこに彼女が来てしまった。
首筋から血を流し意識を失った女性
血で染まった仁の唇
言い訳の仕様もない状況に、彼女は身体を震わせていた。
「これは···」
「来ないで!!」
「っ!?」
絞り出すような、でも厳しい制止の声に仁の体が硬直した。
「···化け物!近寄らないで!」
「·······」
本当に『化け物』を見るような目。
恐怖に染まり、異端のものを忌み嫌う人間らしいその目に、俺も仁も言葉を失った。
「待て···っ、」
そうして走り去る彼女を追いかけようとした俺の腕を、仁が強く掴んだ。
「···卓也、いいよ」
「でも!」
「いいって!!」
「······!!」
穏やかな性格の仁が怒鳴りその大きな声に体がビクッとした。
その様子に気付いたのだろう、一言「ごめん」と謝るとゆっくりと腕を離した。
「いいんだよ···俺が臆病で自分のことを彼女に打ち明けられなかったんだから。」
「それは···」
「怖かったんだ。ああやって否定されるのが。受け入れてもらえないって分かってたから、だから隠してた···」
紡がれる言葉に仁の心の傷が見える。
苦しそうな表情に胸が痛み、泣きそうな仁の声に涙が出そうになる。
「···お前がそんな顔しなくても良くない?」
「うるさいな、、、」
どう言葉を掛ければ良いのか分からない。
俺達の存在を否定したのが『ただの人間』なら平気だった。
むしろ、逆に嘲笑ってやれた。
けれど彼女は···仁の初めての恋人で、己の本能を抑えてでも大切にしようとしていた存在だ。
仁がどれほど傷付いたか···想像だにできなかった。
「大丈夫だって!女なんていくらでもいるし、今回は俺の見る目が無かっただけなんだし!さっさと忘れて、また楽しく笑おうぜ。」
「ったいな!」
背中をバンバンと叩きながらそう言うと、仁はニカッと笑った。
「でも、お前が居てくれて良かったよ。ありがとうな」
「···うん」
空元気だと分かっていても、こうして笑うだけの強さをもつ仁に俺も笑顔を返すことしかできなかった。
そして数ヵ月後···
仁は事故に遭った。
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