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伝えたいもの

side 悠 仕事を終わらせ、メールに入っていた店まで急いだ。 蒼牙からの連絡を受け合流するか悩んだが、昨日の美波さんの言葉と表情が気になって来てしまった。 『あんた達から言わせれば化け物だろ』 『俺が怖くないの?』 『そうやって人間を選ぶんだね』 思い返せば彼の発する言葉はどれも『吸血鬼』である自分を否定するもので。 そして一瞬見せた何かに耐えるかのような顔が、こうして俺を動かしている。 痛みを堪えているのか、悲しみを流そうとしているのか···理由は分からないが、彼がただの興味本意で俺を拐ったとは思えないから。 だから蒼牙だけじゃなく、俺も彼と向き合わないといけない。 あの時は言葉にできなかった想いを、彼に伝えないといけない。 店内は賑やかで、ファミリーやカップル、参考書を広げる学生で埋まっていた。 そんな中、遠目からでも分かる人目を引く二人組み···ボックスシートで向かい合う蒼牙と美波さんがいた。 いつもなら俺の存在にすぐに気づく蒼牙がまだ気がついていないその様子に、二人の緊張が伝わってくる。 「俺は悠さんが人間だから好きになったんじゃない。血が美味しそうだから惹かれた訳じゃ無いです。」 近づいていけば聞こえてくる蒼牙の声。 その声は穏やかで、いつもの蒼牙と変わらないものであることにホッとした。 「同じようなこと悠さんも言ったよ。『人を好きになるのに理由がいるのか』って。そんなバカみたいでありきたりな答えが知りたいんじゃないよ。」 次いで聞こえてきた美波さんの声はどこか苛立っていて、昨日の俺の曖昧な答えを繰り返す。 きちんと伝えたい。 彼の知りたかった答えとは違うかもしれないが、これが俺が蒼牙といる理由だから。 「ならこれで納得できるか?」 考えたのと行動に移したのは同時。 驚く美波さんを視界の端に捉えながら、振り向いた蒼牙の顎を掴み唇を重ねた。 チュッと音を響かせ離れれば、目を大きく見開かせ驚き固まった蒼牙と視線が絡む。 「変な顔してるぞ。」 「···ビックリするなって方が無茶です。」 その表情が可笑しくて笑えば、蒼牙もクシャッと笑った。 「何さ、今の···」 美波さんの声が小さく溢れる。 それに視線を向ければ憮然とした表情でこちらを見ていて。 「何って、これが昨日の答えですよ。」 「は···?」 どこか拗ねたような態度で、訳が分からないとばかりに聞き返される。 「美波さん。俺が蒼牙と一緒にいたいのはね、すごく単純な理由なんです。」 「···········」 「初めて出会った時から···そして蒼牙を知れば知るほどに、コイツが『欲しい』って思ったんです。『手に入れたい』って。」 「『欲しい』?」 美波さんの眉が寄せられる。 そんな顔もやっぱり綺麗なんだな··· 「はい。それはこうして触れたいと思う『欲しい』であったり、精神的に支え合いたいっていう『欲しい』であったり···俺が蒼牙と一緒に居たい、生きていきたいって思うのはね、そんな欲から始まっているんです。」 「············」 「悠さん···」 「そしてそれは、こうして蒼牙と一緒に居ても褪せることがない。むしろ『もっと』と強く欲するようになった。」 「なに、そのノロケ···」 「ですね。俺も言ってて恥ずかしいです。」 指摘されて笑ってしまう。 言葉を選びながら丁寧に伝える···なんてことはできない。 ただ、自分の素直な気持ちを並べていく。 息を飲んで聞いている蒼牙のその顔が、赤く染まっていることにフッと笑いが溢れた。 「美波さんは吸血鬼のことを『化け物』と言ったけれど、あなた達と俺とどこが違うって言うんですか?今ここで、こうして一緒に過ごしているというのに。あなたや蒼牙には『血が欲しい』って欲があるだけで···そして俺はコイツにそうやって求められることが嬉しいと思う。怖いと感じたことなんて一度も無いんです。」 「っ!」 美波さんの目が一瞬見開かれる。 すぐに反らされてしまい、その瞳は見えなくなってしまったけれど。 「人を好きになるのに吸血鬼だとか人間だとかそんなことは関係ない。俺は『蒼牙』だから一緒に居たい。蒼牙も『俺』だから好きになってくれた···それだけのことなんです。」 「悠さん···」 俺の言葉を静かに聞いていた蒼牙にそっと手を握られる。 その手を握り返すと、美波さんに微笑んで見せた。 「急に現れてこんな話すみません。ただ···俺が蒼牙を想う気持ちも、蒼牙が俺を想う気持ちも同じものなんです。だからこうして側にいる。あなたが知りたかったことに答えられているかは分かりませんが、これが俺達が一緒に生きていく理由なんです。それを伝えたかった。」 「·············」 黙ったまま美波さんが見つめてくる。 それを正面から受け止め彼が口を開くのを待った。 伝わっただろうか。 これで彼の中の何かが変わるだろうか。 一方的になってしまった俺の言葉を、遮るでもなく聞いてくれた彼に感謝しつつ見つめた。 離さないとばかりに握る蒼牙の手に心が穏やかでいられる。 「······仁も、悠さんみたいな人を好きになれば良かったのにね。」 やがてポツリと呟かれた言葉。 「ありがとう···悠さん、秋山くん」 礼を述べるその表情が穏やかであることに安堵の息を吐いたー。

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