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凪
side 美波
ガヤガヤと煩い店内でボーッと向かいの空席を眺めた。
さっきまでそこに座っていた二人の姿を思い出しては、仁にもあんな未来が訪れて欲しかったと…そう思う。
ただそこには、いつも感じていた苛立ちや後悔はなくて。
不思議なほど心は穏やかだった。
説き伏せようとしているのではない。
自分の考え、想いを純粋に伝えてくれた彼の『あの言葉』が何度も繰り返される。
秋山くんに指摘されたことは図星で、図星であるが故に腹が立った。
悔やんでいた。
仁を止めなかったことを。
憎んでいた。
共に生きていくことを、存在を、全て拒否した人間を。
人間を憎み、自分を蔑むことで心のバランスを保ってきていた。
そうして出会った吸血鬼の仲間。
最初は仁と似ていた秋山くんと、また楽しく過ごしたいと思った。
けれど彼からは特定の強い血の匂いが漂っていて。
明らかに『恋人』の血なんだと分かる強いその香りに、仁を失った時の悲しみを思い出させた。
それと同時に、仁が手に入れたかったものを持っている秋山くんが憎らしくて。
…何より羨ましかった。
「バカなことしてるのは分かってたんだよ、俺だって。」
誰に告げるでもない言葉が口をつく。
大きく息を吐き出せば、心の中に溜め込んでいたものが流れ出るような感覚。
けれど、そのバカなことはどうしても必要だったんだ。
俺にとって。
『美波さんは吸血鬼のことを『化け物』と言ったけれど、あなた達と俺とどこが違うって言うんですか?今ここで、こうして一緒に過ごしているというのに。』
真っ直ぐに、目を反らさず伝えてくれた言葉。
真摯な声は彼の誠実さから来るものだろう。
飾りのない一つひとつの言葉が、ストンと自分の中に落ちていった。
存在を認め恐れのない言葉に、まるで許されたような気持ちになった。
『...美波さん、質問多いな。一つずつ答えたくてもこれじゃあ答えられない。』
あの時、彼を拐ったあの日。
恐れのない、穏やかな瞳でそう言った彼に心臓が音をたてた。
たぶん、本当はあの時全て終わっていた。
あの瞳と笑い顔に見惚れた時点で、俺の中の蟠りは消えていたのだと思う。
『篠崎悠』という存在に、俺は救われていたんだー。
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