343 / 347

side 美波 ガヤガヤと煩い店内でボーッと向かいの空席を眺めた。 さっきまでそこに座っていた二人の姿を思い出しては、仁にもあんな未来が訪れて欲しかったと…そう思う。 ただそこには、いつも感じていた苛立ちや後悔はなくて。 不思議なほど心は穏やかだった。 説き伏せようとしているのではない。 自分の考え、想いを純粋に伝えてくれた彼の『あの言葉』が何度も繰り返される。 秋山くんに指摘されたことは図星で、図星であるが故に腹が立った。 悔やんでいた。 仁を止めなかったことを。 憎んでいた。 共に生きていくことを、存在を、全て拒否した人間を。 人間を憎み、自分を蔑むことで心のバランスを保ってきていた。 そうして出会った吸血鬼の仲間。 最初は仁と似ていた秋山くんと、また楽しく過ごしたいと思った。 けれど彼からは特定の強い血の匂いが漂っていて。 明らかに『恋人』の血なんだと分かる強いその香りに、仁を失った時の悲しみを思い出させた。 それと同時に、仁が手に入れたかったものを持っている秋山くんが憎らしくて。 …何より羨ましかった。 「バカなことしてるのは分かってたんだよ、俺だって。」 誰に告げるでもない言葉が口をつく。 大きく息を吐き出せば、心の中に溜め込んでいたものが流れ出るような感覚。 けれど、そのバカなことはどうしても必要だったんだ。 俺にとって。 『美波さんは吸血鬼のことを『化け物』と言ったけれど、あなた達と俺とどこが違うって言うんですか?今ここで、こうして一緒に過ごしているというのに。』 真っ直ぐに、目を反らさず伝えてくれた言葉。 真摯な声は彼の誠実さから来るものだろう。 飾りのない一つひとつの言葉が、ストンと自分の中に落ちていった。 存在を認め恐れのない言葉に、まるで許されたような気持ちになった。 『...美波さん、質問多いな。一つずつ答えたくてもこれじゃあ答えられない。』 あの時、彼を拐ったあの日。 恐れのない、穏やかな瞳でそう言った彼に心臓が音をたてた。 たぶん、本当はあの時全て終わっていた。 あの瞳と笑い顔に見惚れた時点で、俺の中の蟠りは消えていたのだと思う。 『篠崎悠』という存在に、俺は救われていたんだー。

ともだちにシェアしよう!