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Advance

「ワガママを聞いてくださって本当にありがとうございます、オーナー。」 「仕方ないよねぇ、辞められちゃ痛いし。こっちのお店がお客さんでパンクしちゃわないか、それだけが心配だけど。」 ケラケラと笑うオーナーに「頑張ります。」ともう一度頭を下げ事務所から出る。 晴れやかな休日。 朝日が差し込む窓辺、綺麗に拭かれた観葉植物、磨かれた床。 清浄な空気が満ちた店内に、一人顰めっ面の美形の吸血鬼。 「…どういうつもりですか、美波さん。」 「え?何が?」 憮然とした態度で聞いてくるのにニッコリと返せば、「本当に食えない人ですよね。」とため息を吐かれた。 「今日から同僚としてよろしくね。公私共に仲良くしてくれると嬉しいな。」 わざとらしく手を差し出せば、「悠さんには会わせませんからね。」とその手を叩かれる。 「なんでそこで悠さんが出てくるの?もしかしたら秋山くん狙いかもよ?」 「その方が余程ましです。」 「え、脈あり?」 「また殴られたいんですか?」 「それは遠慮しよっかな。オーナーに叱られる。」 「そのままクビになって下さい。」 「うわ、酷い!」 秋山くんの表情は変わらないが以前のような嫌悪感溢れる口調とは違っていて。 軽口を叩くことが出来るだけの余裕が彼にあるのは、きっと悠さんのおかげなのだろう。 薬を飲ませて拉致った挙げ句、怪我まで負わせたのだ。簡単に許される行いだったとは自分でも思わないだけに、今の秋山くんの軽口が心から嬉しいと感じる。 ほんと人が良いというか何と言うか。 悠さんの存在が彼をどこまでも育てていくのだろう。 大きく、そして強く。 「ところで、それ。」 「ん?」 「その頭。どうしたんですか?」 「あぁこれ?秋山くんに倣ってイメチェン、的な?どう、似合う?」 「ノーコメントで。」 「それ、似合うってことだよね。ありがとう。」 「…まぁ、悪くはないです。」 呆れた表情を見せながら秋山くんが横を通りすぎる。 フワリと香る彼のものではない血の香り。 それが胸を暖かくさせる。 「こんな感情、何て言うのかな…」 初めて自分を恐れず受け入れてくれた人物を想い、フッと笑いが溢れる。 まるで雛のインプリティングだ。 縛られたベッドの上で穏やかに見つめてきたあの瞳に今も捕らわれている。 自身に欠けているものが見つかりそうな、憧れにも似た感情。 恋慕とはまた違う…不思議な感情に突き動かされるままに、このホテルに移動の願いを出した。 あの葬式の日から自分は育つどころかそのまま時が止まり、伸びていく髪は気づけば背中まで届いていた。 大切な仲間を傷付けた人間を憎み、仁を失った悲しみをぶつけることで自分を支えてきた。 だけど… 『…美波さんが一番許せないのは自分自身なんじゃ無いですか?』 無意識に目を反らしてきた事実を言い当てられた。 『…あなた達と俺とどこが違うって言うんですか?今ここで、こうして一緒に過ごしているというのに…』 否定されるのではなく受け入れられる喜びを知った。 素直に認めるには酷く自分が惨めで、同時にずっと黒く固まっていた心が弛むような感覚に戸惑った。 けれどそれは決して不快なものではなくて。 「…………」 短く切った髪をグシャッと握る。 心と同じように軽くなった頭。 二人と出会ったことで新しく生まれ変われた自分自身。 止まっていた時がやっと動き出したのだと…そう思えるから。 ここからだ。 人間を憎むのではなく誰かを愛せるように。 仁や彼らのように、いつか俺も… 「美波さん、こっち。店内の説明しますよ。」 「…うん、ありがとう」 背後から掛けられた言葉に振り向く。 自然と溢れた微笑みに彼もまた表情を崩し背を向ける。 視界に映る柔らかな髪はやはり仁と似ていて、僅かな胸の痛みと懐かしさを抱きながら後を追ったー。

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