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贈り物

side 悠 仕事を終え、ビルのエントランスを抜けたところで足が止まった。 「お疲れ様、悠さん。」 「…美波さん」 街路樹の側で微笑む男性が一瞬誰だか分からなかった。 そのくらい以前の彼とは雰囲気が変わっている。 「少し良いかな?」 ゆっくりと近づき「そこのカフェでも。」と指差すのに頷いた。 長かった髪は刈り上げられ白い首がよく見える。 シャープな顎が際立ち、髪で隠れていた耳には小さなピアスが着けられていたことに気付いた。 そして何よりも…表情が明るい。 どこか寂しそうな雰囲気は消え、蔑むような冷たい瞳は穏やかなものになっている。 「髪、短くしたんですね。似合ってます。」 「ふふっ、ありがとう。」 ニコッと笑いカフェに向かう美波さんの後を着いていく。 まるで女性のように見えていた容姿から一変した男らしいその姿に、通りすがりの人々がチラッと視線を向けていくのが分かった。 「早く帰らないと秋山くんがまた心配しちゃうかな。」 「かもしれませんね。でも蒼牙に伝えているのでしょう?ここに来ること。」 「あ、お見通し?」 カフェの入り口、設けられた小さなカウンターに腰掛けながら彼がクスクスと笑う。 ショップのロゴの入った紙コップを傾ける、たったそれだけの仕草がまるで映画のワンシーンのようだ。 「これをね、貴方に渡そうと思って。」 そう言って机の上に差し出された細長い箱。 ブランド物の包装紙に包まれたそれを手に取り、その軽さに首を傾げた。 「開けてみても?」 「どうぞ。気に入ってもらえると良いのだけど。」 視線を外に向けたままの彼の側で包装紙に指をかけた。 ガサガサという音に続き現れた白い箱、透明フィルタから覗くその中身に思わず「これ…」と声が洩れた。 「…一本ダメにしちゃったから。その代わり。」 小さく呟くその声に顔が弛む。 照れ臭いのだろうか、僅かに耳が赤いように見える。 美波さんに拐われたあの日、蒼牙は手首を縛っていたネクタイを切って助けてくれた。 その代わりだと、わざわざ準備してくれたのか。 「ありがとう…すごく嬉しいです。」 「…………うん。」 やはり照れ臭いのだろう。 こちらを向かない美波さんがおかしくてますます笑ってしまう。 手の中にある白い箱。 深い臙脂色の小紋柄のネクタイ。 趣味の良いその色は、美波さんのイメージのように思えた。 蒼牙が『青』ならば、美波さんは『赤』だ。 対極にありながら、どちらも人を惹き付ける…誰も作ることのできない色。 「本当にありがとう。大切に使わせてもらいます。」 「うん…色々ゴメンね。」 最後の謝罪は小さな声で…そして続けられた「それと、ありがとう」という言葉。 聞き逃しそうに呟かれたそれは、けれども確かに俺の胸に届いた。 本当はネクタイを届けることよりも、この一言を伝えたかったのだろう。 そう思うと心が暖かくなる。 「また店に来てよ。サービスするから。」 「…はい、是非。」 こちらに顔を向ける美波さんの表情はすっきりとしていて、彼の中で何かが変わったのだと…そう思わせた。 「じゃあ、そろそろ帰るよ。悠さんも早く帰らなきゃ、あの怖い番犬が迎えに来ちゃう。」 イスから立ち上がりイタズラっぽく笑うと、美波さんは空になったカップをゴミ箱に突っ込んだ。 「あ、美波さん!」 「ん?」 出口へと向かうのを呼び止める。 足を止め振り返る彼に微笑んでみせた。 「今度、蒼牙も一緒に食事でも。俺はあなたともっと話がしたい。」 「………」 素直な気持ちを伝えると一瞬目を大きく開き、次には楽しそうな表情へと変わる。 そのまま親指を立てると「またね。」と美波さんは店を出てしまった。 「………………」 贈られたネクタイを見つめる。 無意識に微笑んでいることに気付き、おかしくなった。 俺も帰ろう。 帰れば蒼牙が待ってくれている。 全てが落ち着き安心できた。 この穏やかな気持ちを早くアイツに伝えたい…そう強く感じたー。

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