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相愛
「ただいま」
「お帰りなさい。早かったですね。」
玄関を開け声を掛ければ蒼牙がキッチンから顔を覗かせた。
廊下に漂う香りに「カレーか?」と尋ねれば「はい」と困ったように笑う。
「どうかしたのか?」
「いや、えっと…カレーなんですけど、ちょっと失敗しまして…」
「?」
基本、料理は俺が作るがたまにこうやって作って待ってくれている。
あまり得意ではないらしいが、それでも優しい味のする蒼牙の手料理はいつも俺を幸せな気分にさせてくれる。
「カレーで一体何を失敗するところがあるんだ?」
「……食べたら分かります。」
不思議に思いながらキッチンに入れば、シュンとした様子で蒼牙が鍋を指差した。
見た目、別に失敗している風はないそのカレーをお玉で掬って味見する。
そして口の中に広がるその味に、思わずもう一度口をつけた。
「………なんだ?これ」
「なんでしょう?ハレーライス?」
「は?」
ハレーライス?
聞いたことのない名前に、鍋の横に置いてあったルーの箱を見た。
「待て。何でカレールーと一緒にハヤシライスが置いてある?」
「えーっと、混ぜた、から?」
はは…と乾いた笑いを溢すのに、ブハッと吹いてしまった。
「お前、カレーとハヤシライス混ぜたのか?」
「う…だって、カレールーが足りなかったので…混ぜたら美味しくなるかなぁ、と…」
「斬新すぎだろ!」
声を上げて笑えば「すみません…」と凹んでいるのがますますおかしい。
正直美味いとは言いづらいその味をもう一度味見して、やっぱり面白い味だと笑ってしまう。
「うー…不味くてごめんなさい。」
「いや不味くはない。けど、面白い味だと思う。」
「全然フォローになってません…」
「そうか?」
クスクス笑いながらお玉を置き、ショボくれている頭を撫でる。
「ありがとうな、作ってくれて。着替えてくるから盛り付けといてくれ。」
「…食べれますか?」
「食えるよ、待っててくれ。」
「はい」
嬉しそうに笑うのに俺も笑い返すと、寝室へと足を向けた。
「ごちそうさまでした。」
「…完食ですね。」
「ん、不味くはないからな。絶賛するほどの味じゃないだけで。」
ニヤニヤしながら言えば「以後気を付けます…」と苦笑する。
そうして皿を片付けようとするのを、腕を掴んで引き留めた。
「悠さん?」
「片付ける前に…」
掴んだ腕を引き寄せ、その薄い唇に自分のそれを重ねる。
軽く啄むだけで離れようとした唇は、逆に蒼牙が押し付けてきたことで深いものへと変わった。
「ん…」
クチュ…と響く濡れた音と、咥内を味わう蒼牙の舌の動きにズクッと下半身が重く疼く。
このままもっと蒼牙を感じたい気持ちはあるが、まだ話さないといけないことがある。
「…続きは後でな。先に話。」
唇を離し告げれば額をコツンと合わされた。
「美波さんのことですか?」
「ん」
「ちゃんと話できました?」
「ん、すごく穏やかだった。」
瞳を見つめながら聞いてくる。
その深い蒼に吸い込まれそうな気分になりながら答えれば、嬉しそうに微笑まれた。
そうしてまたゆっくりと重なる唇を素直に受け止める。
「なら、それで十分です…」
キスの合間に囁かれギュッと抱き締められた。
穏やかな声と雰囲気。
それは美波さんが纏っていた空気と同じで。
俺が伝えたかった思いはもうすでに伝わっているのだと…そう思うとたまらなくなる。
広い背中に腕を回す。
暖かい体は何より大切で安心できる場所。
「蒼牙」
「なんですか?」
名前を呼べば優しく返ってくる。
胸を締め付けられるほど愛しく感じるその声。
「愛してるよ…心から」
自然と口を吐いてでた言葉に蒼牙が体を震わせた。
「片付け、後でも良いですか…?」
「…いいよ」
強く抱き締め、甘えるように耳を食みながら囁かれる言葉に体が痺れた。
それは今、俺が一番望んでいることでもあるから。
「俺も、心から愛してます」
熱く告げられたその想いに、同じだけの熱をもって返したい…
どちらからともなく重なった唇に、泣きたくなるほどの想いを込めたー。
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