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V.t.3

仕事が終わり、スタッフルームで荷物をまとめて帰る準備をした。 今日はバレンタインだからかカップル客が多く忙しかった。 紙袋を厨房から貰い、受け取ったチョコをしまう。 毎年有り難くもらうけど、今年はどれも申し訳なく感じた。 何よりも大切な人ができた今、他に目がいくことはない。 『ありがとうございます。』と受け取りながらも、内心は『ごめんなさい。』を繰り返した。 …早く帰ろう。 別にカップル客にあてられた訳ではないが、無性に悠さんを抱き締めたくなった。 「帰りました。」 鍵を開け扉を開くとそう言って玄関を上がる。 「…おかえり。」 奥から悠さんが出迎えてくれ嬉しくなる。 ホント、疲れなんて消えてしまう。 「寒かっただろ。風呂温めてあるから入れよ。」 「あ、はい。ありがとうございます。…悠さん」 「ん?うわッ…!」 悠さんが向きを変え歩きだそうとした瞬間、悠さんの甘い香りと風呂上がりの清潔な香りがフワリと舞う。 それに俺が耐えられるはずもなく、やや強引に引き寄せるとギュッと抱き締めた。 「…良い匂い。」 つい溢れた呟きに悠さんはクスッと笑うと、俺の背中に手を回しポンポンッと叩いてくれる。 「わかったから、早く風呂入れ。身体冷えてるぞ。」 「…もう少しだけ。」 腕に力を入れ我が儘を言ってみる。 …貴方が受け入れてくれると分かっているから。 案の定、「仕方ねーな。」と笑いながら言うと、悠さんは頭を撫でてくれた。 細いけど硬くて大きな手。 だけど温かく優しいその手に指を絡ませると、俺は触れるだけのキスを悠さんの口に落とした。 「ンッ…」 …チユッ 唇を離し目を見つめる。 綺麗な目。 目元が少し赤らんでいて、まるで誘っているかのようだ。 「…すみません。風呂借りますね。」 このままだと廊下で盛ってしまう。 そう思い身体を離すと「…早く上がれよ。」と小さな声が聞こえた。

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