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出会い

side 悠 土曜日、本来なら休日のはずだが早く片付けたい書類があり休日出勤をした。 時計を確認するともう1時。昼食もとらずに打ち込んだかいあって、目指していた時間より早く仕上げることができた。 荷物を纏め、同じく休日出勤していた木内に声を掛ける。 「俺はもう帰るけど、木内はまだかかるのか?」 蒼牙は今晩は用事で来れないと言っていた。 明日は休みだし、久しぶりに飲みに行こうかと誘う。 「悪いな!今日は都合が悪くて。」 顔の前で手を合わせ詫びる木内に、「そっか。じゃあ、また今度。」と返し、鞄を手にした。 他の友人に連絡するほどでもなく、コンビニで酒とツマミを買って帰ろうと会社を出た。 …そういや、まだ昼を食べてなかったな。 帰って作るのも面倒くさいし、いつも行く定食屋に足を向けた。 こじんまりとした店だが、人の良い店主と家庭的な料理を出してくれるのが気に入っている。 店に着くと土曜日とあってかなかなかに店内は混んでいて、「相席でも良いですか?」と顔馴染みのバイトの子に聞かれた。 「大丈夫。忙しそうだな。」 「えぇ。有難いことです。こちらにどうぞ。」 案内された席には先客が座っていて、メニューを開いて悩んでいた。 俺にもメニューを渡され、一通り目を通すと「豚カツ定食をお願い。」と注文をした。 向かいの客はまだ悩んでいるみたいで、つい笑ってしまう。 「ここは何でも美味しいけど、ハンバーグは絶品ですよ。」 メニューを見つめていた客にそう声を掛ける。 「え、そうなのか?」 顔を上げてこちらを見る相手に、少しびっくりした。 …すげーイケメン。 「えぇ。俺はいつもハンバーグか豚カツです。」 そう言って二ッと笑うと、向こうもニコッと笑う。 その人懐っこい笑顔に、一瞬ドキッとした。 「じゃあ、ハンバーグにしようかな。すみませーん…」 手を上げて注文する向かいの男から視線を外し、水を飲む。 …驚いた。さっきの顔、ちょっと蒼牙に似てた。 今日は会えない蒼牙を思い、夜には電話でもしてみようか…なんて考える。 一日会わないだけなのに、ひどく物足りなさを感じる。 明日は一緒に食事ができるだろうか。 暇が出来れば蒼牙のことばかり考えていた。 …だから向かいの男にじっと見つめられていたことにも、その顔が愉しそうに笑っていたことにも、俺は少しも気づかなかったー。

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