72 / 347

動揺

「ところでお前、恋人できたろ。」 突然に話を切り替えられ、飲んでいたコーヒーを吹きそうになった。 「ゴホッ、…何を急に。」 「当たりだろ。前と全然雰囲気が違うよ、お前。…大人の男って感じだ。」 からかうような、喜ぶようなそんな口振りに戸惑う。 俺は清司さんのことが苦手だが、この人は昔から俺に構ってはからかってくる。 「どんな人だ?お前が本気になった相手は。」 身を乗り出して聞いてくる。 「…綺麗な人です。見た目だけじゃなくて、中身が。」 悠さんの良いところなら、いくらだって挙げられる。 男前な性格。 照れ屋なくせに言葉にしようと努力してくれる。なのに自分が行動にするときは大胆で。 綺麗な心、優しい性格、可愛い反応、お酒が入るとよく笑い色気が倍増する。 面倒見がよくて、意外と料理上手。 挙げ出したらきりがないくらい、俺はあの人に夢中だ。 「…俺には理解できないけどな。一人の人間に固執するなんて。」 そう呟く清司さんは「ま、頑張れよ。」と自分もコーヒーを飲み始めた。 まさかそんなことを言われるとは思ってなくて、少し拍子抜けする。 …もしかすると、ちゃんと話せばこの人の良いところにも気付けるのかもしれない。 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に、清司さんの口からとんでもない発言が聞こえた。 「俺はやっぱり血が欲しいな。心なんかあったって邪魔なだけだ。あとはセックスが気持ちよけりゃ良い。」 …あぁ、やっぱり無理かも。この人を理解できるとは思えない。 内心で溜め息を吐く。 今日は悠さんに会っていないし、テンションが上がらない。 …明日は必ず会いに行こう。 そう決心する。 暫く会話をしていると、清司さんの携帯が震えた。 すぐさま画面を確認する様子を盗み見る。 その顔は今まで見たことがないような穏やかなもので。 こんな表情もするのかと少し驚く。 そして、次に聞いた言葉に心臓が冷えた気がした。 「来た来た、悠くんからの返事。」 清司さんの嬉しそうな声が余計に不安にさせる。 どうか、別人であってくれ。 祈るような気持ちで清司さんに声を掛けた。 「…今日会った人、『悠くん』って名前なんですか?」 …どうか違いますように。 「そ。篠崎悠くん、綺麗で美味しそうな子だったよ。」 息が詰まる。 指先が冷え震える。 俺は清司さんにこの動揺を悟られまいと必死で平常心を保ったー。

ともだちにシェアしよう!