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扱い
side 悠
蒼牙に電話をして、今晩急に雛森さんと会うことになったと伝えた。
電話口で一瞬沈黙した後、『…分かりました。俺が迎えに行くんで、絶対に連絡してください。』と、しぶしぶ了承してくれた。
何度も『気をつけて』と念を押されて、苦笑してしまう。
そんなに悪い人には思えないが、蒼牙はやけに警戒している。
心配させたくはないが、今回は仕方ないじゃないか。
あんな風に頼まれて断れるわけもなく。
時計を確認して、待ち合わせしていた店に急ぐ。
そこは雛森さんのおすすめだというイタリアンの店だった。
確かに定食屋よりは似合っているが…店の前で固まってしまった。
そこには店先で数名の女性客に囲まれ、にこやかに会話をしている雛森さんの姿があった。
いやいや、そんなにいるなら俺は帰っても良くないか?
そんな気持ちになりながらも約束を反故にするわけにはいかず、少し離れた場所まで近づいていった。
「あぁ、きたきた。ゴメンね、連れが来たから。バイバイ。」
女性達に笑顔を向け雛森さんはそう言うと、不満そうな声を無視してこちらに歩いてきた。
視線で此方の様子を見ている女性達から、「え…本命って男!?」と声が聞こえたが…いったい何を話していたんだ。
「お疲れさま。」
俺の前まで来てそう言う雛森さんの表情は今まで見た笑顔と違って見えた。
扉を開け俺を中に入れると、予約していた席に案内しイスを引く。
…待て、これは
「ここのメニューはね…。」
「あ、あの!」
「うん?」
おすすめメニューの説明を始めようとした雛森さんの言葉を遮る。
俺を見つめてくるその瞳はひどく優しげで、何だか居心地が悪く感じた。
「あの、さっきから気になっていたんですが…。」
「うん。」
「気のせいでなければ、エスコートされているような気がするんですが…。」
そう…さっきからずっと、まるで女性にするかのようなエスコートを受けている。
「気のせいじゃなく、エスコートしてるけど?」
さも当たり前のように答える雛森さんに呆れた声が出た。
「いや、そういうことは女性にしてください。俺、男ですから。」
笑いながらそう言うと、雛森さんも笑った。
「女の子にしても意味ないよ。…こういうことは、好きな人にするものだ。」
「…、」
言われた言葉に戸惑ってしまう。
言葉に詰まっていると「ほら、何飲む?」とメニューを渡されたー。
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