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口説く2
「俺ね、人間が嫌いなんだよ。」
優しげな口調とは裏腹にそんなことを言うと、雛森さんは回りの客を見回した。
冷めた目を向けている彼に、少しだけゾッとする。
「皆さ、俺らの外見だけ見んの。さっきの女の子達がいい例でしょ。俺の顔に集まってくる。…吸血鬼って見た目だけは良いからね。中身がどんな最悪でも、ちょっと優しく声掛ければ騙される。…バカだなーって思ってるよ。」
雛森さんは鼻で笑うと俺に視線を向けた。
そこにはさっきの冷たい瞳はなく、優しい目が俺を見ていた。
「…俺も見た目に騙される人間ですよ。」
気付いたらそう呟いていた。
雛森さんは笑って頷くと「そうだね。」と応える。
「悠くんはさ、蒼牙の顔、好き?」
「…はい。」
顔は好きだ。顔だけではないが、一番に目がいったのは顔だったのは否定できない。
「じゃあ、蒼牙がすっげーヤリチンの最低野郎で人間を餌だとしか思ってない奴だったら…好きになってた?」
ヤリチンの最低野郎だったら…?
「絶対にごめんです。」
想像してから吐き捨てるようにそう言うと、雛森さんは声を出して笑った。
「でしょ?…だけど、そんな人間ばかりじゃないんだよ。最低でも、ヤリチン野郎でも、それでも良いから抱いてくれって人間もいる。…少なくとも、俺の回りはそんな奴等ばかりだ。」
「……。」
言葉が出てこない。少し寂しそうにも見えるその表情に、何を言えば良いのか分からなかった。
「だけど俺も人間が嫌いだからね。血は美味しいし、セックスは気持ち良い。…それで十分だと思ってる。」
そこまで言うとワインに手を伸ばし、クイッと飲み干す。その姿は確かに格好よくそして色気があった。
「けど、悠くんに出会った。」
グラスをテーブルに置くと、頬杖をついて見つめてくる。
その仕草にドキッとした。
…蒼牙と似ている。甘い雰囲気を纏った時の蒼牙に。
「初めて人間に興味を持ったよ。知りたい、知って欲しいって思ったのも初めてだ。…蒼牙のものだって分かった時は、腹がたったよ。」
「…な、」
真っ直ぐに見つめながら雛森さんは続ける。
「あの時、凄く魅力的な香りがして美味しそうだと思った。…でも首筋にキスマークを見付けて苛立ったよ。」
そう言われて、咄嗟に首筋に手を当てた。顔が熱くなる。
「今日、会って確信したよ。」
雛森さんは身体を椅子に戻し、慌てた俺に微笑む。
「君が好きだー。」
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