92 / 347
ささやかな報復
「悠さん」
後ろからそっと声を掛け、肩に手を置く蒼牙。
真剣な眼差しを俺に向け、「こんばんは、清司さん。」と軽く頭を下げる。
よほど急いで来たのか、仕事服であるカッターシャツすら着替えていない。
「蒼牙?もう終わったのか、早いな。」
隣に立つ蒼牙を見つめ、嬉しそうな声でそう言う悠くんは本当に可愛くて、振られたばかりなのに欲しくなる。
「いろいろと心配で速攻で迎えに来ました…。変なことされませんでしたか?」
しゃがみこみながらそう言うと、蒼牙は大きく溜め息を吐いた。
「おいおい、酷くない?俺が悠くんに何するって言うんだ。獣じゃあるまいし。」
わざと悲しそうに言うと、「似たようなものでしょ。」とギロッと睨まれた。
…まあね、否定はしませんよ。
「大丈夫だ。心配し過ぎ、蒼牙は。雛森さんいい人で、俺は楽しかったよ。」
にこやかにそう言って、悠くんは俺に「ね?雛森さん。」と笑いかける。
全く、君は本当に俺を揺さぶるのが上手いよ。
そんなことを言われたら、諦めてやろうと思ってたのが難しくなるじゃないか。
「そうだね、また食事に行こうね。今度は蒼牙も誘って。」
俺が席を立つと、悠くんも立ち上がり「ええ、是非。」と微笑む。
「…何だよ。」
俺をじっと見てくる蒼牙に苦笑しながら問う。
「本当に何もしてないでしょうね。」
「してないって。バカだねお前は。」
クスクスと笑い悠くんに手を差し出す。
「今日はありがとうね。…とても楽しかったよ。」
微笑みながらそう言うと、悠くんも握り返しながら「俺もです。」と笑う。
ありがとう、こんな俺を受け入れてくれて。
だけど、世の中には獣がいることも知らなきゃダメだよ。
そう考えて、俺は握っていた手を強く引っ張った。
「…わッ!」
慌ててテーブルに手をついてバランスを取る悠くんの顎を掴み上向かせると、そのままその形の良い唇におれのそれを重ねた。
「…ッ…!」
「なっ!!」
二人が同時に慌てる音と、「キャー!」という周りから聞こえるどよめき。
それらを無視して薄い唇をペロッと舐めると、凄い勢いで悠くんが引き離された。
「アンタ、何してんだ!」
悠くんを腕に抱き締め素の言葉で怒る蒼牙と、口元を押さえて真っ赤になった悠くん。
二人を見てクスクスと笑いが溢れる。
大人しく引き下がってやろうかとも思ったけど…このくらいの報復したって良いだろう?
ともだちにシェアしよう!