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無自覚と警戒心3

side 蒼牙 …何とかごまかせたかな。 帰りの電車を待ちながら考える。 朝、見知らぬ女性にお礼を言われていた悠さんを見たとき胸がざわついた。 明らかに彼女は悠さんに好意を抱いている様子で、はにかんだ笑顔はかわいかった。 会話の様子から悠さんが人助けをしたことは理解したが、俺が口を挟む訳にもいかずただ目の前で悠さんが微笑むのを見ていた。 電車の中で事情を聞いた時は、この人らしいという想いとは別に責めたい気持ちになった。 『お待たせ、佐山』 初めて会った時の悠さんの言葉が響く。 あの日と同じように彼女のことも助けたのだろう。 この人はそういう人だ。 だけど…その自分がとった行為が、そして自分自身がどれだけ人を惹き付けるかを理解していない。 きっとこの先も同じことがあれば悠さんは助けてまわり、そして無自覚に人を惹き付けていくのだろう。 …俺はその中の一人なのだと、突き付けられた気がした。 話を聞き終わり浮かべた笑顔は自分でも呆れるほどへたくそで、悠さんに追求されたくなくて必死に隠した。 知られたくない。 見知らぬ女性に…これから先この人に助けられるであろう人達に抱いた『嫉妬』など。 電車に揺られながら少し離れた悠さんに視線を向ける。 …綺麗な横顔だな。 純粋で真っ直ぐなあの人に、俺がこんなに嫉妬深いと知られなくて良かった…。 そう思いながら見つめていると。 …何だ?様子がおかしい 苦しそうな、嫌悪感溢れた顔。 そして悠さんに密着している男の姿。 認識したのと身体が動いたのは同時だった。 「どけて!」 隣に立っていた客を押し退ける。 人混みの中、視線は悠さんに向けたまま無理矢理進む。 密着した男の手が悠さんの前に伸びていくのが動きで分かった。 あの男…絶対許さない。 怒りで胸が熱くなるのとは対照的に、頭は妙に冷えていく。 「痛ッ!な、離せ!」 中年の男が叫ぶ。 男の手を捻り上げながら、加減しなければ折ってしまうな…そう冷えた頭の中で考えた。 「…そ、蒼牙」 俺を呼ぶ悠さんの声に視線を向けた。 怯え、青ざめた顔に安堵の表情が広がっていく。 「…ねぇ、アンタ何してんの…」 視線を男に戻す。 驚くほど冷たい声が自分の口から洩れていたー。

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