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無自覚と警戒心5
「な、蒼牙!!」
俺が男を蹴り上げたことに慌てた悠さんが、後ろから肩を掴む。
目の前には言葉を失い気絶寸前の中年男が蹲っている。
手加減はした。
俺が本気で蹴れば、多分内臓がぐちゃぐちゃになる。
…そうしてやりたい位だけど。
「行こう、悠。」
これ以上ここにいたら、取り返しのつかないことをしてしまいそうだ。
俺は悠さんの手を引いて改札口に向かったー。
普段利用しない駅の周辺は人通りも少なく、綺麗に整備された歩道の上を無言で歩く。
悠さんの顔は見れなかった。
「…蒼牙」
悠さんが立ち止まり、引いていた手をグッと強く握りしめた。
「…なに。」
立ち止まったまま振り向かずに応えると「…ごめん」と消え入りそうな声で謝ってくる。
「…助けてくれてありがとうな。ホント、迷惑かけてごめー」
「違うから」
謝ろうとする悠さんの声を遮って、俺はゆっくりと振り向いた。
「迷惑とか、怒ってるとか…そんなんじゃないから。」
振り向いたはいいが悠さんの顔は見れなくて、俺は片手で顔を覆った。
「蒼牙…?」
「…ごめん、謝るのは俺のほうだ。…ちゃんと側に居れば貴方があんな思いしなくて済んだ。あんな変態に触れさせたりしなかった。…ホント、ごめん」
情けなさと悔しさ。
その気持ちが波のように押し寄せてくる。
…だけどそれ以上にー。
「…なのに、悠に嫌な思いさせたのに…俺、あんたのことグチャグチャにしたいー。」
胸の中で渦巻いた嫉妬。
あんなヤツがこの人に触れたことが赦せなくて、腹立たしくて…。
凶暴なまでの欲望に支配される。
駄目だ…昼間、誤魔化して押さえ付けていた嫉妬が可愛く感じる。
こんな醜い感情、貴方にぶつける訳にはいかないから。
「…だから、今貴方の顔は見れない…ッ!」
そう伝えると、悠さんは急に俺の手を掴んで外し、ぶつかるような勢いで口付けてきた。
「フッ、ンッ…」
クチュ…ピチャ…、クチ…
差し込まれた舌が俺の口腔内を貪る。
チュッ…
「ハァ…気持ち悪いんだ」
「…え…」
少しだけ離された唇から震えたような声が洩れる。
「…アイツが触れた場所が、吐きそうなくらい気持ち悪い…だから、」
悠さんが抱き着き首に腕を絡めてくる。
細い身体が押し付けられ、その腰に腕を回した。
「…だから俺のこと、グチャグチャにしろー。」
懇願するような声に、俺は腕に力を込めたー。
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