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Dog or Wolf 3
「俺、ちょっとトイレに行ってきますね。」
料理を食べている最中、内藤くんがそう言って席を立った。
水の入ったグラスを取ろうとすると、横から白い手が伸びてきて先にグラスを取られてしまう。
見上げるとそこには蒼牙が立っていて、にこやかに俺を見つめていた。
「悠さん、料理美味しいですか?」
新しい水を注ぎ終えていながらテーブルに置けばすぐに離れないといけないからか、蒼牙は手にグラスを持ったまま訊いてくる。
「ああ、美味しいよ。蒼牙が働いている姿を見るのも楽しいし…席は綺麗だし。」
そう答え蒼牙に「ありがとうな」とお礼を言った。
「良かったです。」
照れくさそうに笑う蒼牙が可愛くて、暖かい気持ちになる。
「…でも、」
料理に視線を落とし、次に向かいの空いた席を見る。
「…どうかしましたか?」
言葉を止めた俺に蒼牙が首を傾げる。
「…でも、お前と来たかったかな。」
「…!」
そう素直に話し少し困ったように笑うと、蒼牙が目を丸くした。
勝手な言い分で内藤くんには申し訳ないが…こんなに綺麗な空間でこうやって美味しい料理を食べるのなら、やっぱり蒼牙と一緒の方が楽しかっただろう。
蒼牙の働いている姿を見たいと言ったのも、内藤くんと一緒に来ることを決めたのも自分だから、本当に勝手な言い分だけど…。
そう蒼牙に伝えていると「お待たせしました。」と内藤くんが戻ってきた。
「じゃあ、俺もちょっと行って来ようかな。」
何となく照れ臭くなってしまい、この場から離れようと席を立つ。
「あ、悠さん。」
蒼牙に呼び止められ振り向くと「…ありがとうございます」と嬉しそうに笑った蒼牙が優雅にお辞儀をしていた。
その姿を見ると胸がドクンと音をたて、今すぐ頭をワシャワシャと撫でてやりたい気持ちになる。
「ん、仕事の続き頑張れよ。」
そう言い残すと俺はレストルームに向かった。
広い洗面台の前に立ち手を洗っていると、ガチャッと扉が開く。
視線を向けるとそこには蒼牙が立っていて、後ろ手に扉を閉めていた。
「蒼牙…ッ…!」
声を掛けようとすると、何も言わずに蒼牙が抱き締めてきた。
「…やっと触れられた。」
耳元に聞こえた声に少し動揺する。
さっきまでの蒼牙とは明らかに違うトーン。
「え…蒼牙、仕事は?」
抱き締めてくる腕から逃れるように身体を捩ると、「何で逃げるの…」とますます強く抱き締められる。
まさか、この口調は…
「ねぇ、もう一回言って…悠。」
…やっぱり!
『悠』と呼び捨てにされ、疑惑が確信に変わる。
え、どうして…?
言われた言葉の意味も分からないが、それよりもどうして蒼牙のスイッチが入っているのか…という事のほうが分からない。
「…ッ…そ、蒼牙?」
首筋に顔を寄せてくる蒼牙の肩を叩く。
「なに?」
顔を上げ至近距離で見つめてくる蒼牙の瞳には、さっきまでの犬の可愛さは無い。
同じ深く蒼い瞳なのに、どうしてこうも違うのか。
スイッチの入った蒼牙の瞳。
この静かな炎を灯した瞳に見つめられると…落ち着かない。
「な、何をもう一回言うんだ?」
腕を掴み、少し身体を離しながら聞き返すと蒼牙はニッコリと笑った。
「…さっきの言葉。『お前と来たかった』ってやつ。」
「え…?」
顔が近づき、鼻先が触れる。
顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
「すごく嬉しかったから…だからもう一回言って?」
甘えるように言われ、抱き締めていた手が腰を撫でる。
そんなに喜ぶようなセリフでは無いと思うが、蒼牙は本当に嬉しそうで。
「…お前と一緒に来たかったよ、蒼牙…ンッ」
戸惑いながらももう一度そう告げると、噛み付くように口付けられたー。
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