150 / 347

Dog or Wolf 3

「俺、ちょっとトイレに行ってきますね。」 料理を食べている最中、内藤くんがそう言って席を立った。 水の入ったグラスを取ろうとすると、横から白い手が伸びてきて先にグラスを取られてしまう。 見上げるとそこには蒼牙が立っていて、にこやかに俺を見つめていた。 「悠さん、料理美味しいですか?」 新しい水を注ぎ終えていながらテーブルに置けばすぐに離れないといけないからか、蒼牙は手にグラスを持ったまま訊いてくる。 「ああ、美味しいよ。蒼牙が働いている姿を見るのも楽しいし…席は綺麗だし。」 そう答え蒼牙に「ありがとうな」とお礼を言った。 「良かったです。」 照れくさそうに笑う蒼牙が可愛くて、暖かい気持ちになる。 「…でも、」 料理に視線を落とし、次に向かいの空いた席を見る。 「…どうかしましたか?」 言葉を止めた俺に蒼牙が首を傾げる。 「…でも、お前と来たかったかな。」 「…!」 そう素直に話し少し困ったように笑うと、蒼牙が目を丸くした。 勝手な言い分で内藤くんには申し訳ないが…こんなに綺麗な空間でこうやって美味しい料理を食べるのなら、やっぱり蒼牙と一緒の方が楽しかっただろう。 蒼牙の働いている姿を見たいと言ったのも、内藤くんと一緒に来ることを決めたのも自分だから、本当に勝手な言い分だけど…。 そう蒼牙に伝えていると「お待たせしました。」と内藤くんが戻ってきた。 「じゃあ、俺もちょっと行って来ようかな。」 何となく照れ臭くなってしまい、この場から離れようと席を立つ。 「あ、悠さん。」 蒼牙に呼び止められ振り向くと「…ありがとうございます」と嬉しそうに笑った蒼牙が優雅にお辞儀をしていた。 その姿を見ると胸がドクンと音をたて、今すぐ頭をワシャワシャと撫でてやりたい気持ちになる。 「ん、仕事の続き頑張れよ。」 そう言い残すと俺はレストルームに向かった。 広い洗面台の前に立ち手を洗っていると、ガチャッと扉が開く。 視線を向けるとそこには蒼牙が立っていて、後ろ手に扉を閉めていた。 「蒼牙…ッ…!」 声を掛けようとすると、何も言わずに蒼牙が抱き締めてきた。 「…やっと触れられた。」 耳元に聞こえた声に少し動揺する。 さっきまでの蒼牙とは明らかに違うトーン。 「え…蒼牙、仕事は?」 抱き締めてくる腕から逃れるように身体を捩ると、「何で逃げるの…」とますます強く抱き締められる。 まさか、この口調は… 「ねぇ、もう一回言って…悠。」 …やっぱり! 『悠』と呼び捨てにされ、疑惑が確信に変わる。 え、どうして…? 言われた言葉の意味も分からないが、それよりもどうして蒼牙のスイッチが入っているのか…という事のほうが分からない。 「…ッ…そ、蒼牙?」 首筋に顔を寄せてくる蒼牙の肩を叩く。 「なに?」 顔を上げ至近距離で見つめてくる蒼牙の瞳には、さっきまでの犬の可愛さは無い。 同じ深く蒼い瞳なのに、どうしてこうも違うのか。 スイッチの入った蒼牙の瞳。 この静かな炎を灯した瞳に見つめられると…落ち着かない。 「な、何をもう一回言うんだ?」 腕を掴み、少し身体を離しながら聞き返すと蒼牙はニッコリと笑った。 「…さっきの言葉。『お前と来たかった』ってやつ。」 「え…?」 顔が近づき、鼻先が触れる。 顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。 「すごく嬉しかったから…だからもう一回言って?」 甘えるように言われ、抱き締めていた手が腰を撫でる。 そんなに喜ぶようなセリフでは無いと思うが、蒼牙は本当に嬉しそうで。 「…お前と一緒に来たかったよ、蒼牙…ンッ」 戸惑いながらももう一度そう告げると、噛み付くように口付けられたー。

ともだちにシェアしよう!