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桜と想い(番外編)
side 悠
4月に入り、とても暖かい日が続いている。桜の花も満開で会社の親睦会を兼ねて花見が開かれることになった。
「篠崎も行くのか?」
木内が帰り支度をしながら聞いてくる。
「そうだな、せっかくだから行こうか。」
今日は蒼牙も遅くなるし、帰ってすることがあるわけでもない。
明日は休みだし、同僚たちと交流するのは久しぶりだ。
最近は蒼牙とばかり過ごしていたという事実に少し呆れながら、それに満足している自分がいるのも確かで。
「お待たせ、行こうか。」
帰り支度を済ませていた木内に声をかけ、俺達は退社した。
久しぶりに来た公園は花見客で賑わっていて、あちらこちらからバーベキューのいい匂いが漂ってくる。先に場所取りに来ていた新人達と、準備に早くから来てくれていた女性社員達にお礼を言って買ってきたビールとつまみを渡す。
「ありがとうございます!篠崎さん。」
口々にお礼を言われ苦笑しながら席に座る。
そんなにお礼を言われるような買い物ではなかっただけに、女性陣にはデザートも準備にしてくれば良かったかもしれない。
「さて、だいたい揃ったところで始めるか!」
部長の合図で一斉に乾杯をし、長い夜が始まったー。
「篠崎さんは、彼女がいるんですか?」
隣に座っていた女の子がジュースを持ったまま聞いてきた。向かいに座って肉を食べていた木内が面白がった表情で聞いている。
それには気付かないふりをして俺は女の子の質問に答えた。
「いるよ。」
ビールを飲みながらそう言うと「え~ショック!」と違う場所から声が聞こえてきた。
「そっかぁ。残念です。篠崎さん素敵ですもんね、いて当然か。」
隣の女の子がそう言うと、木内が口を挟む。
「ダメダメ。そいつかなり鈍いから、そんなアピールじゃ気付かないよ。」
木内がそう言うと女の子達は一斉にそちらを向いた。尚も面白がった表情をした木内は、俺のことを指差すと「こいつ自分はモテないと思っているから。」と笑った。
「そうなんですか? 篠崎さん」
女の子達の表情は、まるで信じられないといった顔をしていて、俺は首をかしげた。
「な?篠崎は自分の見た目に疎いから。」
カラカラと笑う木内に馬鹿にされている感があり、「どうせ俺は鈍いよ。」とわざと拗ねてみせた。
でも俺だってそこまで鈍いわけではない。蒼牙と付き合うようになってから、自分に向けられる好意には少し敏感になっている。
雛森さんや痴漢の事があったからではあるが、自分がそういう対象になるということもあるのだと認識した。
自分の見た目云々はよく分からないが.....。
「でも俺も篠崎の彼女には興味がある。どんな子なんだ?」
面白がった目をした木内が俺に話題を振ってくる。
これには女の子たちも興味津々といった表情で、口々に 「教えてください 篠崎さん」と言ってきた。
「どんな子って言われてもな...」
何を言えばいいのか分からず苦笑する。
「見た目は?」
「料理できるんですか?」
「身長は?」
「何歳ですか?」
「知り合ったきっかけは?」
一気に質問攻めになりますます困ってしまう。
「....そうだな、見た目は 綺麗かな。」
それだけ 言うと 俺は肉を口にした。
このまま話題が終わってくれることを願ったがそういうわけにもいかず、「ちゃんと話せ!」と木内に促される。
「なんだっけ、料理?....俺のが上手いかな。」
『美味しいです。』といつも嬉しそうに食べる姿を思いだし微笑む。
それを見ていた周りの女の子達がキャーと小声で言っていたことには気づかず、そのまま続けた。
「年下で、身長は高いよ。」
俺がそう言うと 木内は意外そうな顔をした。
「篠崎の彼女なら 小さくて 可愛い子かと 思ってた」
木内の言葉に 周りも同意する。
「そうか?でも性格は可愛いよ。」と付け足すと、「のろけやがって!」とつっこまれた。
「別にのろけてなんかいない。 もういいだろ?」
そう言って話題を終わらせようとしたが、今度は女の子たちが聞いてきた。
「まだ、なれそめを聞いてないです。どうやって知りあったのですか?」
人の恋話なんか聞いて何が面白いのか分からないが 女の子たちは、意外と真剣な顔をしていて 少し笑ってしまう。
「ナンパされて困っていたから、その場から連れ出しただけだよ。」
「ウソ、篠崎さんカッコいい!」
女の子たちが 騒ぐなか、 木内が「なに、そのままお前がお持ち帰りしたの?」と聞いてくる。
「お前と一緒にするな。」
呆れたようにそう言うと、「それからどうなったんですか?」と続きを聞かれる。
「····別に普通だよ。お礼をさせてくれと言われて、 つぎの日に会った。...で、今に至る。はい、終わり。」
これ以上は話すつもりはないと、話題を打ち切ると「もっと聞きたいです。」とくいつかれる。
それに曖昧に笑ってごまかすと、「デザート食いたくない?」と木内が話題を変えてくれる。
「食べたいです!」
女の子達が口々にそう言う。
...助かった。
「なら 俺買ってくるよ。」
そう言って 俺が席を立つと 木内も一緒に立ち上がる。公園内の屋台に向かいながら、木内が口を開いた。
「お前の彼女、一目惚れだったんだろうな。」
「え?」
「だってそうだろ。じゃないと次の日に会ってくれなんて言わないだろ?」
そう言いながら肩を小突かれ、赤面する。
蒼牙が俺に一目惚れ....考えたこともなかった。
確かに次の日には指を舐められたりした。
あれが初めて蒼牙のスイッチが切り替わった瞬間だったと後で知った。
本能で俺を求めたのだと、素直に話した蒼牙にその時は笑ったが、それが『一目惚れ』という言葉に変わると恥ずかしくなる。
「そんな顔、女の子達に見せるなよ。よけいに悲しむから」
呆れたように言われて首を傾げる。
「幸せですって全開。傷心の娘もいるんだから、気を付けろよ。」と続く言葉に苦笑した。
満開に咲いている桜を見上げる。夜空に浮かぶ薄いピンクの花が美しく、風に揺られて花びらが舞っている。
ここに蒼牙がいればよく似合うだろうに...。
そう考えると、急激に蒼牙に会いたくなった。
もう仕事も終わるだろうか。今日は俺が居ないから、自分の家に帰るのかもしれない。
だとしても、ここに居ると気持ちが落ち着かない。
「....悪い、木内。先に帰ってもいいか?」
「ん、みんなには俺がうまく言っておくよ。」
荷物を受け取りながら木内がニッと笑う。
「ありがとう。」
そう言って、俺は木内に背中を向けた。「大切にしろよ!」と大きな声で 言う木内に、手を上げて応えたー。
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