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兄弟

side 悠 5月も下旬になり、新入社員達も少しずつ仕事に慣れ始めた。 担当会社との取引に新人も連れて回り指導をしながら、今までと同じ量の仕事をこなす。 正直疲れもするがやりがいがあるのも事実で。 なんとか今日の仕事に目処をつけ携帯を開くと、メール受信の知らせが光っていた。 『お疲れさま!今日そっちに行くから、泊めてくれないかな?また電話して。』 「…は?」 デスクで変な声を出してしまい慌てて口を閉じた。 「どうかしたか?篠崎」 木内が携帯を覗き込みながら聞いてきた。 人の携帯を勝手に覗くな…と意味を込めて頭を軽く叩き、携帯をしまう。 「ん、いや、弟が来てるらしいんだ。」 そう伝えると木内が面白がった表情をした。 「へ~、篠崎に弟がいたんだ。いくつ?」 「いくつって、子供みたいだな」 苦笑しながらも「25だよ」と答えた。 「じゃあ、先に帰るな。弟も待ってるみたいだし。」 そう言って帰り支度を整え、他の同僚達にも挨拶をすると会社を後にした。 近くのカフェに入り、弟に電話をする。 暫くコールすると『はい』と電話に出る音がした。 「俺だ。メール、さっき見たよ。こっちに来てるのか?」 久しぶりに聴く弟の声。自然と顔が笑っていた。 『兄さん!久しぶりだね。今、兄さんのアパート近くのファミレスまで来てるんだよ。今から行っても良い?』 「今からか、じゃあもう少ししたら店を出て来いよ。俺も今から帰るから。」 そう言って電話を切ると俺もカフェを出た。 ···あぁそうだ。蒼牙にも連絡をしないと。 携帯を取りだし操作すると、急いで自宅に帰った。 アパートに着くと玄関の前に人影が見える。 「朔弥(さくや)」 声を掛けると、顔をあげて嬉しそうに笑う弟。 「悪い、待ったか?」 そう問うと朔弥は「いいや、今来たところ。」とゆっくり首を振った。 「久しぶりだね、元気そうだ。」 近づくなり俺に抱きついてくる朔弥に苦笑しながら、その背中をポンポンと叩く。 俺より上背のある弟は、昔からこうやって甘えてくる。大人になっても変わらずスキンシップをとる朔弥に、嬉しいような、止めさせないといけないような、複雑な気持ちになった。 「とりあえず中に入ろう。待たせて悪かったな。」 そう言って朔弥を引き離しニコリと笑って見せる。 「うん。」と嬉しそうな朔弥の声を聞きながら、俺は玄関の鍵を開けたー。 「今日はどうしたんだ?」 部屋に入り冷蔵庫からビールを取ると朔弥にも渡して俺も座る。 朔弥に会うのはGW以来で、たまに連絡をとるもののゆっくりと話すのは久しぶりだ。 「んー、どうしたって訳ではないけど···」 歯切れ悪く言いよどむ弟に眉根が寄る。 コイツがこうやって口ごもる時は、大抵録なことがない。 俺はビールをグッと飲み、向かいで困ったように缶を握る弟を見つめた。 「何だよ、はっきりしないな。」 「うん、ゴメン。···あのさ、しばらく泊まっても良い?」 「は?」 突然の朔弥からの申し出に、ビールをテーブルに置きながら聞き返した。 「ダメかな?」 頼みごとをする時に出る、首を傾げながら口を触る癖は昔から変わらない。 昔は可愛かった仕草も、俺よりでかくなった今では警戒心を持たせるには十分で。 「いや『しばらく』って、お前仕事は?」 朔弥の職場までかなりの距離がある。通うには無理があるはずだ。 そう疑問に感じ聞くと、「仕事、辞めたんだ。」と思ってもみない返事が返ってきた。 「え、辞めたって··本当に?」 驚きに目を丸くさせながら呟くと、朔弥はからからと笑ってみせた。  「本当だよ。こんなこと嘘ついてどうするのさ。で、しばらくはゆっくりしようと思って。だったら兄さんと過ごしたいなって思ったんだ。」 そう言ってビールを一気に飲むと、朔弥は「だから泊めて?」とニッコリと笑った。 昔から弟にお願いされると断れない。 甘いよなぁ···と思いながら、俺は苦笑した。 「ちゃんと事情を説明しろよ。」 了承の意をこめてそう言うと、朔弥は嬉しそうに笑った。 この笑顔に弱いんだよ。 大人になっても弟は弟で、可愛く思えるのは仕方ないのかもしれない。 とりあえず蒼牙と話をして、しばらくは泊まれない事を伝えないとな。 朔弥が来てくれたことは嬉しいが、内心では溜め息を吐いてしまったことは許して欲しい。 そしてこの後、晩飯を食べながら話を聞き、朔弥に対する認識が甘かったと俺は知ることになったー。

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