162 / 347
異変
side 悠
今週はずっと朔弥がアパートにいて、蒼牙と一緒に過ごすことができなくて。
明日は日曜日で午前中なら会うことができると、俺から蒼牙に連絡をした。
電話をして声を聞くとどうしても会いたくなって、蒼牙の仕事が終わってから会うように段取りをつけた。
数日会わなかっただけなのに、ホテルの裏口から出てくる姿を見た時は胸が高鳴って。
蒼牙も嬉しそうにしていたのに···どうしてしまったのだろう。
昨夜、店で蒼牙の様子がおかしくなり荒々しいキスをされた。
どうして急にそうなったのか全く分からず、されるがままに熱い唇を受け入れた。
挿し込まれた舌は縦横無尽に動き回り、洩れる声すら逃すまいとするかのように何度も角度を変えて重なってくる。
繰り返される口付けに、閉じることができない唇からはどちらのものか解らない唾液が顎を伝った。
それすら舐め上げ強く吸い上げられると、身体が快感に震えた。
激しい口付けに酸欠になりかけた頃やっと解放され、互いの唇を銀糸が繋ぎ途切れるのを涙ぐむ瞳で見つめた。
『···すみません··』と謝る蒼牙の顔が苦しそうで··無意識のうちにその頬を撫でると、強く抱き締められ息が詰まった。
『悠さん、弟さんって···』
小さく囁く声に耳を傾けるが、そのまま蒼牙は黙ってしまい言葉を続けようとしない。
『···ごめんなさい、何でもないです。』
俺から身体を離しそう言って苦笑すると、蒼牙は呼び出しボタンを押して店員を呼んでしまった。
··結局、その後も何も言おうとはせず、出てきた料理を食べながら他愛もない会話を続けた。
そうして久しぶりに会ったというのにキス以上のことはせず、『···それじゃあ、また』と別れ際に軽いキスを俺に送ると蒼牙は帰ってしまった。
いや、別に身体を繋げることが目的で会ったわけではないからそれは良いんだが···別れ際に浮かべたぎこちない笑顔が頭から離れない。
そして今朝、『すみません、勤務交代で仕事が早まってしまいました。今日は会えそうにありません。』と連絡があった。
仕方ないとはいえ···昨日のことがあってすっきりしない。
風呂上がりに缶ビールを飲みながら、深い溜め息が出る。
ここ数日天候に恵まれ暑いくらいの日が続いていたからか、夜になってもコンクリートの街は蒸し暑い。
シャワーでさっさと上がっても良かったが蒼牙のことが胸につかえていて、ゆっくりと湯に浸かって身体を解した。
「どうかした?」
俺の後に風呂に入っていた朔弥が後ろから声を掛けてきて、その声にゆっくりと振り向いた。
朔弥はまだ頭が濡れたまま冷蔵庫を開けていて、髪からポタポタと水が滴り肩を濡らしていた。
よく冷えたビールを取り出すと、プルタブを開けながら俺の側に来て座る。
「溜め息、すごく深かったよ。」
ビールを傾けながらそう言う弟は心配してくれているのだろう、「何かあった?」と顔を覗き込んできた。
「···大丈夫、何でもないよ。それより、」
そう笑って見せると、濡れている頭に手を伸ばした。
「お前、ちゃんと髪を拭けよ。まだびしょ濡れじゃないか。」
首に掛けていたタオルで頭を拭いてやりながら呆れた声でそう言うと、「ありがとう。」と嬉しそうな声が聞こえる。
···そういえば蒼牙の頭もこうやって拭いてやったことがあるな。
自然と口元が笑ってしまい「ほんと、お前達は···」と呟いたその時···
朔弥が俺の手を掴んで強く引っ張った。
「···ッ、どうした?」
間近に迫った朔弥の顔に驚き反射的に身体を引こうとするが、真剣な表情をした朔弥に肩を掴まれ失敗する。
「それって、誰のことを言ってるの?」
「は?」
「俺以外の··誰にこうやってしてあげたの?」
タオルを握っていた手を持ち上げられ、そのまま朔弥はその手に口付けてきた。
「朔弥!?」
驚きに声がひっくり返る。
手を引っ込めようとするが、強く握られ動かせなかった。
····チュッ
軽く口付け音をたてて唇を離すと、朔弥は手を握ったまま身体をより近付け俺の肩に頭を乗せてくる。
「···ねぇ、兄さん。」
「な、何だ?」
顔のすぐ側で呟く朔弥に、何が起きているのかよく分からないまま返事をする。
「···好きだよ。」
小さな声でそう言う朔弥の顔は見えなくて。
何となく震えているようにも感じて、俺は掴まれているのとは反対の手で朔弥の頭を撫でた。
「ん、知ってるよ。」
「·····本当に、大好きなんだ。」
繰り返しそう伝えてくる弟に「俺もお前が好きだよ。」と答えてやる。
いい歳した兄弟が何を言っているんだか···とも思うが、朔弥の様子も蒼牙同様いつもと違っていて。
俺は暫くの間、宥めるように朔弥の頭を撫で続けていたー。
ともだちにシェアしよう!