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伝える心
side 悠
「··兄さんに大事な話があるんだ。」
ソファーからゆっくりと立ち上がる朔弥を見つめる。
黙ったまま俺を見返すと、朔弥はフッと笑った。
「···そんなに見つめられると恥ずかしくなるね。」
立ち尽くしていた身体が長い腕に捕らわれる。
グッと引き寄せ抱き込むと、朔弥は耳元に囁いてきた。
「···ごめんなさい、兄さん。」
「···何に謝っている?」
広い背中を軽く叩き、身体を引く。
瞳を覗くと朔弥は苦笑した。
「兄さんを好きになって、ごめんなさい。」
「···ッ、」
「弟としてではなく、一人の男として。あなたのことが好きです。」
はっきりとそう言うと、朔弥は俺の手を握った。
僅かに震えているようにも感じられるその手は、緊張しているのか指先が冷たくなっていた。
「朔弥、」
「聞いて。俺ね、昔から兄さんが好きだったよ。兄さんに振り向いて欲しくて夜遊びするくらい。」
「···え?」
朔弥の告白に驚く。
夜遊びをしていたって、中学の時じゃないか。
そんな昔からこいつは俺のことを想ってきたというのか。
「あなたに恋人ができた時、俺は諦めようと思った。男で、ましてや弟の俺が兄さんを好きだなんて、普通じゃないって。」
懐かしむように話すその表情はどこかすっきりしているようにも見えて、俺は黙って言葉の続きを待った。
「でも、兄さんの恋人が男だって気づいたら··我慢出来なくなった。どうしてもあなたに気持ちを伝えたい、手に入れたいと思ったよ。」
「···そうか、」
俺の口から絞ったような声が出た。
朔弥の告白が胸を締め付ける。
「···今日、秋山くんに出会ってすぐに兄さんの恋人だと気付いたよ。スゴいね、彼。俺にメチャクチャ警戒するんだもの、番犬みたいで少し笑えたよ。」
クスッと笑う朔弥に俺も苦笑した。
以前、雛森さんにも同じことを言われたことを思い出す。
犬っぽいとは思っていたが、まさか朔弥にまで番犬呼ばわりされるとは。
「邪魔してやりたい気持ちはまだあるけどね。だけど、兄さんを大切にしてくれる奴だってことは分かるから···。」
そこまで話すと朔弥は大きく息を吐いた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「何度でも言うよ。あなたが好きです、心から。」
そう言って微笑む顔はとても男らしくて、胸が熱くなった。
朔弥はちゃんと伝えてくれた。
手を震わせながら···俺に拒絶されるのではないかと不安になりながら。
だから、今度は俺の番だ。
「···朔弥。」
目を見つめ、名前を呼ぶ。
真っ直ぐに見つめ返してくる瞳は覚悟を決めているのが分かる。
···ごめんな、応えてやれなくて。
「ありがとう。だけど···ごめんな。俺が好きなのは、側に居たいのは蒼牙だから。だからお前の気持ちには応えられない。」
そこまで言うと、朔弥は顔を歪めた。
その表情は俺の心を揺さぶるには充分で、目頭が熱くなるのが分かった。
···ダメだ、今泣いたら朔弥が傷付く。
俺は握られていた手にグッと力を入れ、零れそうな涙を堪えた。
顔はぐしゃぐしゃかもしれない。
だけど、無理矢理笑顔をつくり朔弥の首を引き寄せた。
「大好きだよ、朔弥。だけど、お前はやっぱり俺の大切な弟なんだ。」
「···うん。分かってる。」
抱き締めた体が震えている。
小さな声が聞こえ、朔弥が俺の腰に手を回し抱き締め返してきた。
「本当にありがとう。そして···ごめんな、長い間気づかなくて。」
上手く言葉にできないが、それでも俺は伝え続けた。
想いを込める。
逃げてごめん。
応えてやれなくてごめん、それでもお前が大切で··失いたくない、大切な存在なんだよ。
「··ありがとう···兄さん。」
抱き締めてくる腕に力を込め、朔弥は震えた声で囁いたー。
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