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愛しくて
side 悠
定時で仕事を終わらせて急いで帰宅する。
今朝、蒼牙にメールを送っておいたから今日はもう来ているはずだ。
出勤前に『いってらっしゃい』と見送ってくれた朔弥は、『今日帰るよ。仕事も探さないとね。』と笑っていた。
相変わらず甘えるように抱き着いてくる姿に、仕方ないな···と返すと、『これは弟の特権だから。』とイタズラっぽく笑い朔弥は離れた。
別れ際、すっきりとした表情を見せていたことが俺を安心させた。
色々あったが、やっと今日は蒼牙とゆっくり過ごせる。
そう思うと早く帰りたくて、駅からは走って帰宅した。
アパートの前で部屋を見上げる。
電気が点いてることを確認して、心臓が一気に早鐘を打つのが分かった。
階段を上り、玄関の扉を開こうとした···その時。
ガチャ、と音がしたのと同時に中に引っ張り込まれたー。
「··ッん、そ、が、··ッハ··」
扉に押し付けられ、ただいまを言う間も与えられずに口付けられた。
何度か触れるだけのキスを繰り返すと熱い舌が唇をつつき、口を開けと催促してくる。
開いた唇からヌルリと熱い舌が侵入してきて深く絡まると、背筋にビリビリとした甘い刺激がはしった。
クチュ、ピチャッ··
遠慮のない口付けに胸に添えていた手を移動させ、首に回すことで身体を支える。
「ん、ハァ···蒼牙··」
蒼牙の大きな手が頬を撫で、少し離れた唇がゆっくりと微笑むのを見つめた。
「···おかえり、悠」
「··ん、」
言葉と共にまた口付けられ、返事ができない。
纏った空気と口調、そして全てを奪うかのような口付け。
間違いなくスイッチの切り替わっている蒼牙に、俺は翻弄され続けた。
どうして犬ではないのかとか、中に入れてくれとか、そんなことはどうでもよくて、感じる蒼牙の唇に俺も夢中になって応えていく。
やがてギュッと強く抱き締めながら「おかえり···」ともう一度囁く蒼牙に、絡めた腕に力を込めて「ただいま」と返したー。
「ご馳走さまでした。」
作ってくれていた晩御飯を全て食べ、手を合わせてそう言うと「お粗末さまでした。」とクスクスと笑いながら蒼牙が微笑んだ。
今日のメニューはシチューで、大きくぶつ切りにした野菜が少し固く感じながらも、作って待っていてくれたことが嬉しくておかわりまでして食べた。
「やっぱり料理は悠が作ってくれたのが美味しいね。」
食器を片付けながらそう言うのに、俺はその手を掴んで引き留めた。
「そんなことないよ、旨かった。それに蒼牙が作ってくれるものは優しい味がする。俺は好きだよ。」
ニッと笑って見せると、蒼牙の顔が少し赤く染まる。
「だから、その笑い方はダメだって。」
顔を手で隠しながらそっぽを向く姿にますます笑いが溢れた。
···どうしよう、蒼牙に触れたくてたまらない。
まだ、昨夜の約束は果たしていない。
どこから話せば良いのか考えているうちに食事は終わってしまい、こうして向かい合っているわけだが···。
「···悠」
「ん?···ッ!」
不意に名前を呼ばれ顔を上げると、すぐ目の前に蒼牙の綺麗な顔があって驚いてしまう。
「キスもそれ以上も、まだお預け?···あぁ、キスはしたか。」
抱き締められて心臓が震えた。
耳朶を優しく食まれ「そろそろ限界なんだけど。」と熱っぽく囁かれれば、身体も震えてくる。
「···ん、俺もお前を感じたいよ。けど、」
蒼牙の胸を押し身体を離すと、俺は目を見つめながら口を開いた。
「朔弥のこと···ちゃんと話すから。」
蒼い瞳が細められる。
僅かに微笑んだようにも見えるその表情に後押しされ、俺はゆっくりと話始めたー。
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