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帰省 (リク作品)

side 悠 ことの始まりは、蒼牙の何気ない一言だった。 「ねぇ、悠さん。飛んでるホタルってみたことありますか?」 特に面白い番組があるでもなく、何となく教育テレビを見ていた蒼牙が呟いた。 テレビには今が時期のホタルの生態について分かりやすく説明していて、飼育ケースに入ったホタルが暗闇のなかで光っているところだった。 「あるよ。蒼牙は?」 「俺、こういう飼育ケースに入ってるヤツしか見たことないんです。」 テレビを指差しながらそう言うと、蒼牙は俺に向き直って聞いてきた。 「綺麗でした?」 「そうだな、綺麗だったよ。都内のホタル祭りとかにも行ったことがあるけど、やっぱり自然に飛んでるホタルが一番綺麗だと思う。」 「え、ホタル祭り以外で見たことがあるんですか?」 俺の言ったことに妙に食い付いてくるのが可笑しくてクスクスと笑いが溢れた。 「ん、母親の実家でな。近くの川で凄い数のホタルが飛ぶんだ。それを見に行ったことがある。」 母の実家は田舎で、小さい頃から遊びに行っては都会では味わえない自然の遊びを楽しんでいた。 ホタルも祖父に連れられて見に行き、朔弥と二人で感動した覚えがある。 優しい祖父母が好きで、帰省するのを毎回楽しみにしていたものだ。 社会人になってからは忙しくて、半年に一度くらいしか祖父母に会いに行けていないが···俺にとっては大切な場所だ。 その事を話すと、いつの間にか俺の後ろに座っていた蒼牙に背後から抱き締められた。 「···悠さん、優しい顔してる。本当に大切な場所なんですね。」 「まあな。···悪い、話が逸れたな。ホタルだっけ?」 「はい。悠さんの話を聞いてたら、余計に見てみたくなりました。」 回した腕に力を込め耳元で囁く蒼牙に、俺の方こそ無性にホタルを見せてやりたくなってきた。 壁に掛けてあるカレンダーを確認する。 6月も下旬で、もうこの週末でないと見逃してしまうだろう。 確か近くでホタル祭りがあった。人工的に作られた環境の中でも、飛んでいるホタルは見られるはずだ。 「···蒼牙、ホタル見に行ってみるか?」 背後にある体温を心地よく感じながら、僅かに首を捻って尋ねた。 「え?」 「近くでホタル祭りがあるだろ。週末にでも行ってみないか?」 「······」 「···蒼牙?」 きっと喜ぶだろうと思った提案に黙ってしまい、何かを考えているようだった。 どうしたのかと見つめていると、蒼牙は小さく呟いた。 「悠さんの···思い出の場所のホタルが見たいです。都内のホタル祭りじゃなく、貴方の大切な場所で一緒に見たい。」 そう言って身体を離し俺を向かい合わせに座らせると「ダメですか?」と首を傾げる。 その仕草は甘えてくる犬みたいで可愛いが、俺の思い出の場所···つまりは祖父母宅となると、日帰りは難しい。 「いや、ダメじゃないが···日帰りはできないから泊まり掛けになるぞ?お前、土曜はともかく日曜は仕事だろ?」 「う···何とかします。休みになったら良いですか?」 「なればな。でも、大丈夫なのか?」 思わぬ方向に話が進み始め、俺もスケジュールを頭の中で確認する。 今週末は休日出勤しなくても大丈夫か··· 「やった!ちょっと待ってて下さいね。」 ごそごそと動きテーブルの上に置いていたスマホを手に取り立ち上がると、蒼牙は誰かに電話をかけ始めた。 「···うん、そう。今度の日曜。····は?なに言ってんの。焼き肉、奢ってあげたでしょ。···うん、じゃあよろしくね。」 聞こえてくる会話で相手が内藤くんだと分かる。 ···この分だと大丈夫そうだな。 電話を終えた蒼牙が満面の笑みで振り返るのを見て、キラキラと目を輝かせ尻尾を振る大型犬を連想してしまい笑ってしまう。 「休み取れました。」 嬉しそうに言うのに頷いて見せると、「じゃあ俺も電話するよ。」と携帯を取り出した。 「とりあえず、泊まらせて貰えるように言っとかないとな。」 「···え、いや、申し訳ないから、近くのホテルにでも泊まろうと思ってますよ。悠さんは久しぶりにおじいさん達とゆっくり過ごして下さい。」 慌てて俺の手を掴み引き留める蒼牙に、一瞬呆気にとられた。 「お前、田舎を舐めてるだろ。近くにホテルなんかあるわけないだろ。」 クスッと笑うと「でも、」と困ったような顔をする。 その表情が可愛くて頭をクシャクシャと撫でると、安心させるように笑いかけた。 「大丈夫、人が来てくれると喜ぶ人達だから。それに、俺がお前と一緒だと嬉しい。」 「だから気にするな。」とニッと笑うと、蒼牙の顔が少し赤くなる。 「はい、ありがとうございます。」 照れたようにそう言うのに「ん、」と返事をすると、俺は久しぶりに祖父母に電話を掛けたー。

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