180 / 347

帰省4

「そろそろ出たほうがええぞ。」 祖母の手作り料理を食べ終え、まだ残っていた日本酒を注ぎながら祖父が言う。 「遅い時間になっても飛んでる数が減るからねぇ。今の時間が一番たくさん飛んでるわ。ちゃんと虫除けしていきんさいよ。」 祖父の隣でお茶を飲んでいた祖母もそう口を添えてくれる。 「そうなのか?じゃあ、行くか、蒼牙。」 「はい。」 蒼牙を見ると本当に嬉しそうな顔をしていて、いそいそと立ち上がり俺に手を差し出してくる。 今日何度目かになるその差し出された手。 俺も自然と握り返し立ち上がると、それを見ていた祖父が「お前ら、ホントに仲がええのぅ。」と呟いた。 ···しまった!! 祖父母の前だというのに、いつもと同じように振る舞ってしまっていたことについ動揺してしまう。 「え、いや、」 「はい。だからお嫁さんにくださいって言ったじゃないですか。」 動揺して口ごもる俺の横で、繋いだ手を見せながら蒼牙がにこやかに返す。 暖かいその手を振り払うことなんかできるはずもなく、「···おい。」と軽く睨むことで意思表示をした。 「そうだった、そうだった。ほれ、デートに行かないとならんのじゃろ。」 カラカラと笑いながら祖父が受け流すのを内心安堵しつつ、「行くぞ。」と蒼牙の手を引っ張って部屋を出る。 「はるくんの顔が赤くなって、かわいかったわねぇ。」と祖母が話す声が聞こえたが、それには敢えて気付かない振りをしたー。 「········、スゴい···」 祖父母宅から歩いて数分。 竹藪沿いに小さな川が流れているその場所は幻想的な光景が広がっていた。 一言発した後、言葉を失ってしまった蒼牙は目の前の光景に見入っているようだ。 「···ああ、スゴいな。」 かくいう俺も、蒼牙同様にそれだけしか言えない。 昔見た光景と同じように、目の前には無数のホタルが飛んでいる。 竹藪の中、葉にとまったホタルが光を放ちひとつの固まりになって見える。 飛んでいるホタルも多く、フワフワと飛ぶその光は高く上がったり降りてきたり···。 「···想像以上に綺麗で、びっくりしました。」 暫く無言で見つめていた蒼牙が、ゆっくりと手を伸ばす。 届きそうで届かないホタルの光に一度ぐっと手を握ると「捕まえれないですね。」とクスッと笑った。 「昔、ここに来たときに捕まえたな。でも、明るいところで見ると普通の虫で···暗闇で見るから綺麗なんだって思った記憶がある。」 朔弥と二人で捕まえようと藪に向かうと、『マムシが出るから入るな!』と祖父に叱られたことを思い出す。 その事を話すと蒼牙は「マムシが出るんですか?」と驚いていた。 「出るらしいぞ。俺は見たこと無いけどな。」 だから草むらには入るなよ、と続けると「··はい。」と蒼牙が後ろに下がった。 「悠さん、ヘビは平気なんですね。同じように長くてウネウネしてるのに。」 笑いを含んだ声が聞こえ、夕方のミミズの一件を思いだしてムッとしながら蒼牙を見た。 「ほら、またその顔。その顔、逆効果ですから。」 「は?なに言って···ンッ、」 蒼牙の言葉に反論しようとすると、ぐっと引き寄せられあっという間に口付けられる。 開いていた唇から熱い舌が入り込んできて、咄嗟に引っ込めようとした舌を絡めとられた。 「フッ、ん、」 クチュクチュと音をたてながら口腔内を動き回る舌に翻弄される。 ····クチ、ピチャ···チュッ 音を響かせながら離れた唇は濡れていて、艶然と微笑むその顔に見惚れてしまった。 「··急に、何だよ···」 クスッと笑う蒼牙にハッとし、顔を背けながら呟いた。 「急にじゃないですよ。言ったでしよ、逆効果だって。あんなに可愛く睨まれたら、俺の理性が飛んでも仕方ないと思いますけど。」 背けた顔が見られないようにしていると、「おじいさん達の前では我慢したんですから、褒めてください。」と背後から抱き締めながら囁かれた。 「···当たり前だろ、それ。」 顔が赤くなるのが分かる。 すると「よっ!」と声を上げながら抱き上げられ、驚きにその腕を掴む。 「うわっ、何、」 そうしてその場に座り込む蒼牙を振り返ろうとしたが、膝の上に座らされ身体を固定されてしまいかなわない。 「ほら、よかって下さい。」 身体を後ろに傾け寄りかかるように促され、肩口に頭を乗せる。 「見えますか?」 耳元に囁く柔らかい声に、目の前の光景を改めて見つめた。 そこには飛び交うホタルの光と、輝く満天の星空。 「·······」 「····悠さん?」 息を飲むほど美しい光景に言葉を失っていると、蒼牙が顔を覗き込んできた。 「····うん、よく見えるよ。本当に···凄く綺麗だ···」 それだけしか言えない。 俺が微笑むと、蒼牙も綺麗に笑う。 そうして二人で見上げたホタルの光は、昔見た時よりも美しく感じたー。

ともだちにシェアしよう!